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前勇者と従者の主従最後の日(前勇者視点)

「ふ……ぅ……っ、……んぅ……っ」 私が奥を深く貫く度、長い黒髪の小柄な従者からくぐもった息が僅かに漏れる。 私に犯され続ける男の細く白い脚は震えていた。 もう随分と長い事嬲り続けている。そろそろ体力の限界のようだ。 私に背後から責められているこの男は、顔の両脇を黒髪が覆っていて後ろからではまるで表情が窺えない。 だが見えずとも私には分かっている。 こいつは今も頬を真っ赤に染めて、細い指を噛み締めて、必死に声を殺しているのだろう。 それは私が声を出すなと叱った日から、ずっと変わらない仕草だった。 もとより私に男を抱く趣味などない。 だが国を代表する勇者には制約が多く、この十五年という長い任期中に女を抱く事は許されなかった。 けれど激しい戦闘の後ともなれば、昂ぶった神経のままでは寝られない夜もある。 そんな私に身を捧げるのは、勇者の専属従者であるこの男の仕事だった。 この男の前任もそうだったのだ、私がこの行為に罪悪感を感じる必要は無かった。 『お前を抱きたいと思ったことなど一度もない。立場上仕方なく抱くだけだ』 そう告げた私に、この男は「存じております」と涼やかに答えた。 癪に触る事に、この男は私よりずっと歳若く戦闘経験も浅いというのに、戦場では驚く程冷静で動揺など微塵も見せない。 愛想笑いと真顔以外に表情が変わらないこの男は、隊員達からも鉄の男と噂されていた。 最近では人の血が流れていないのではとまで言われる有様だ。 それがどうだ。 ひとたび私に身体を開けば、この男はこんなにも色を変えた。 傷を負っても息すら乱さない男が、私に貫かれるたび切なげな吐息を漏らす様は、私の性欲のみならず征服欲までも満たした。 だが、そんな日々も今日で終わりだ。 明日から私は一人の騎士に戻る。 いや、騎士としての所属はあれど、私はもうただの騎士団員ではない。 立派に任期を勤め上げた優秀な元勇者として、二度と前線に出ずとも死ぬまで国から金を受け取れる。 国に迷惑をかけない程度なら、遊び暮らす事だって許される。 一挙手一投足を見張られ続けた窮屈な日々から、やっと解放されるのだ。 この極端に可愛げのない男と共に過ごすのも、これが最後だった。 ぐちゅりと音を立てて内を掻き混ぜれば、苦しげに漏れた息と共に熱い内壁が私に吸い付くように蠢いた。 じんとした快感が背筋を駆け上がる。 この五年間、渋々という体でこの男を使ってはいたが、この身体自体は悪くなかった。 ……そんな事を告げるつもりはないが。 こいつは今まで俺だけの物だった。 勇者の護衛兼教育係兼世話係という特殊な任務に着く事ができるのは、その為だけに生まれ教育された者だけだった。 この男は、生まれてから今までの全てを俺という勇者のために捧げてきた。 だが明日からこいつは先週あの試合で優勝した若い青年の物になる。 明日からはあいつに、この淫らな身体も、命も、心だって全て捧げるんだろう。 いつもと変わらない……すました顔をして。 俺に抱かれて、こんなに感じている癖に。 こいつは、俺のことなど何とも思っていないというのか。 じわりと滲んだ不快感が胃から食道へと上がる。 私は、苛立ちを目の前の男に力一杯叩き付けた。 「ん――っ!」 最奥を酷く叩かれた男が、びくり。と細い肩を揺らす。 その内側が私の物をきゅうきゅうと締め付け始めた。 「……誰がイってもいいと言った?」 私の言葉に男は背を震わせる。 「っ、申し訳……ございません……」 荒い息を必死で抑えて謝罪する男。まだ私を絞り続けるその内を、力任せに突き上げる。 「ぅあっ、っ、ぅ、んんんんっ!!!」 慌てて口を閉じたのか、後半はまた呻き声へと変わる。 「声を上げるな」 「っ、……っ、ん……ぅ……っ!」 謝罪を返す事も出来ないらしい小柄な男は、ガクガクと膝を震わせながら必死に耐えている。 しかしその内側は、私を離したくないと言わんばかりに優しく強くしがみ付いてくる。 私は小柄な男の背に覆いかぶさると、耳元で囁いた。 「……言ってみろ。本当はお前は、私と離れたくないのだろう? お前がどうしても私の物になりたいと言うなら、俺だとて、考えてやらんこともないのだぞ……?」 私の言葉に、涙に濡れた黒い瞳がゆっくりと振り返る。 よほど必死で指を噛み締めていたのだろう。仕事に響かぬよう選ばれたらしい小指からは赤々とした血が滴り落ちていた。 「勇者……様……」 普段は返事も判断も早い男だったが、あまりに長い間犯され続けていたからか、焦点の定まらない虚な瞳がふらふらと室内に何かを探している。 黒い瞳は部屋に一つの柱時計を見上げて、ようやくいつもの色を取り戻した。 つられて時計に目をやれば、時計の針は僅かに日付を跨いでいた。 小柄な従者はずるりと私のものを抜き取って、サッと身なりを整えると私へ向き直り一礼した。 「勇者様、今まで大変お世話になりました。彼方でもどうぞお元気で」 「……お、お前……」 ことの終わりには、自分がどれだけ汚れていようと必ず私の世話からする。そんな男が……。 それもこれも、全ては従者としての仕事の内だったということか。 小柄な男は長い黒髪を靡かせて、振り返る事なく出て行った。 私を一人部屋に置き去りにして。 パタン。と静かに扉の閉まった音が、やけに耳に残る。 しばし唖然とした私の胸に湧き上がったのは、怒りではなく憐れみだった。 「は……ははは、あははは……」 口元から自然と乾いた笑いが溢れる。 あの男はダメだ。私以上にダメだな。 生まれてからずっと、そうあるよう育てられてきたのだから。 もう今更、どうしようもないのだろう。 どうやらあの男は、この国に感情というものを全て塗りつぶされてしまったようだ。 『心』というものが決定的に欠けている。 恐怖も悲しみも感じなければ、楽しいこともまた感じないのだろう。 身体はあんなに私を求めていたのに、それに気付く『心』がない。 ひたすら毎日を勇者のために尽くし、誰にもわかってもらう事なく、この国のために生まれ、生きて、死ぬだけの生き物なのだ。 いや、あれを生き物だというのが間違っているのかも知れない。 人の血が流れていないという隊員達の言葉にも、今なら頷けた。 明日からあいつは、あの若造のお守りでてんてこまいとなるのだろう。 知識を与え作法を教え、その心と体を守るため必死に働くのだろう。 だがそこにお前の意思はない。 一度だって魔物の前に出たこともないお偉方のために、お前の一生は消費される。 あいつはこれから先もずっと、この国に操られるがままの人形なのだろう。 私は抱えられるだけの憐憫を込めて呟いた。 「……憐れな男だ」

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