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3 起動
「今はまだ仮の状態、初期状態みたいなものなので。ユースケ様の承諾があればメモリーを起動させます。いかがいたしますか?」
「いかがいたしますかって言われてもな……これって俺が結構ですって言ったらお前、どうすんの?」
「どうもしません。元の場所に帰るだけです。でも俺がここに来たのはヒナト様のご依頼ですから」
俺がひとしきり泣いた後、改まってロイドは起動させるかどうか俺に問う。話を聞くとどうやら今の状態は「初期状態」であってヒナトの記憶は備わっていないらしい。だから目の前にいる男は単に初めましての見知らぬ男、もといアンドロイドだということになる。
「うっ……それ言われたらな、断りにくいじゃん」
「はい。断らない方がいいかと」
「お前調子いいな。わかったよ。起動してみ、よくわからんけどさ」
「ではこれにサインを……」
ヒナトを思い出し、みっともなく人前で泣いてしまったことが少しだけ気恥ずかしい。それでもそのことには何も触れることなく淡々と事務的に進めてくれるのが有り難かった。
「えっと? これって何か変わりはあるの?」
「はい。俺の頭に新たな記憶が加わりました」
それはものの数分──
俺が契約書のようなものにサインをした後、ロイドはゆっくりと瞬きを二回ほどしたかと思ったら、俺をじっと見つめてにっこりと笑った。なぜだかその視線から逃れられずに、しばらく見つめ合ってしまった。ちょっと恥ずかしい。居た堪れなくなり声を掛ければ、ヒナトの記憶が付与されたとロイドは言った。
「見た感じ、何も変化ないんだけど。なんか拍子抜け……」
「悪かったな、ユースケ」
「………… 」
照れ臭そうにそう言ったロイドは、こめかみのあたりを指先で軽く掻く仕草をした。
それは間違いなく生前のヒナトの癖だった。照れてる時、困った時、考え事をしている時……人差し指の先でつんつんとこめかみを突く。俺にとって見慣れた仕草。先程まで俺のことを「ユースケ様」と言っていたロイドは、ヒナトがそう呼んでいたように「ユースケ」と呼び捨てにした。
俺より三つ歳上だったヒナト。隣近所に住んでいたこともあり、幼い頃から年齢関係なく仲良くしていた。成長の過程でいつの間にか俺が背丈を追い越し体格が逆転した。スポーツが好きだった俺とは対照的に、読書や映画鑑賞など静かに過ごしていることの多かったヒナトは小柄で華奢なイメージが強かった。それでも子供の頃、多感な年頃の三歳の差は大きく、経験値からくる気の強さや器の大きさには俺は到底敵わなかった。
そして大人びて見えるヒナトに対し、俺は小さな憧れも持っていた。それが決して叶うことのない「恋心」なのだと気がついた時には、ヒナトはもう俺の側にはいなかった。
「ユースケ? 大丈夫?」
「あ……うん」
蘇るヒナトとの思い出。心配そうに俺を見るこの男はヒナトではない。それでも知らない赤の他人だったこの男が急に近しい存在になったのを感じ、戸惑い、そして胸が高鳴った。
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