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10 思うところ

 ロイが来てくれたからか少しは前向きになれ、無駄に仕事を休むようなことも少なくなった。常に話し相手がいることで、一人で考えこむようなことがないから穏やかでいられることが多い。  気がつけば季節も巡り、共同生活も半年を迎えようとしていた── 「なあ、ロイ。思ったんだけどさ、二人で住むのにこのアパートじゃ手狭だよな」  流石にすぐに布団は買い足したけど、ワンルームの間取りは狭い上にそもそも一人で暮らすために借りた部屋だ。契約上いつまでもこうして二人で住み続けるわけにもいかなかった。 「そう? なら引っ越す?」 「うーん、そうしたいところだけど、簡単に言うのな。広いところに移れば家賃もそれなりに上がるだろうし、まだちょっと不安もあるし……」 「ユースケなら大丈夫でしょ。仕事も順調に行けてるし、俺もいるし」 「うん、そうなんだけど……」  正直、環境が変わることに得体の知れない不安がある。ヒナトと生活していた部屋からここへ引っ越す時も同じ感覚に襲われた。まわりの環境が変わっていき、先へ進めば進むほど自分の中からヒナトの存在が薄れていくような気がして怖いのだ。 「俺はユースケが引っ越したいならどこでもいいし、いつでもいいよ」 「………… 」  ロイの態度を見て改めて思う。  前々から薄々気がついていた。ロイはそうプログラムされているのか、俺の言うことは全て肯定し反対意見を言うようなことが殆どない。確かに「ユースケの言う通りに行動する」と契約時にロイも言っていた。それでも日々一緒にいて接していると、ロイはもう同じ人間だとしか思えなかった。笑ったり暑がったり寒がったり、ヒナトのような言動ももちろん多いけど、時折寂しそうななんとも言えない表情を見せることにも俺はいつしか気がついていた。  ロイ自身はどう感じて何を思っているのだろう。そもそもロイ自身の感情、思考はあるのだろうか。ヒナトの記憶とプログラムされた性質のみでここにいるのだろうか。でも起動する前はヒナトの記憶は備わっていなかったはずだから、本来のロイだってちゃんと存在しているはず。 「……なんなの? お前」  思わず声に出してしまった。ヒナトの依頼とはいえもうすっかり一緒にいるのが当たり前になっているロイ。そういうものなんだと深く考えないようにしていたのも事実だけど、ふとモヤモヤしたものが俺の中に湧いてくることがある。 「え? なにが?」 「あっ、いや、違くて…… 引っ越しって色々大変なのに簡単に言うんだなって思ってさ」  自分の思考を誤魔化すようにそう言うと、ロイはクスッと笑い俺を見る。 「ユースケのしたいようにすればいいんだよ。俺もついてるし」 「うん、そういうところな。ロイの意見はないのかよ」  別に食ってかかるようなことじゃない。なぜか少しイラついてしまった俺はロイに対して棘のある言い方をしてしまった。そんな俺に気がついているのかいないのか、ロイは表情も変えずに「ユースケといられればそれでいい」と呟いた。  ヒナトと暮らしていたときは家賃は折半、光熱費はヒナトが持ってくれていた。稼ぎが全然違ったのもあるし、一緒に住もうと提案してきたのがヒナトだったのもあり、当時の俺の負担は少なくすんでいた。でも状況の違う今、ロイと折半し生活できるだけの経済力が果たして俺にはあるのか不安だった。  ロイが「大丈夫」だと言えば不思議と本当に大丈夫な気もする。気持ちを切り替え、のんびりと二人で物件を探すのも楽しいかもな、と俺はスマートフォンの画面に映る物件情報に目を落とした。

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