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13 拭えない気持ち

 結局俺はロイの提案に乗り、あのマンションの部屋に引っ越すことを決めた。今更だけど、ロイが一人になれるあの部屋に俺が転がり込んでもいいのだろうか、と少し悪い気もしなくもないけど、当人が良いと言っているのだからお言葉に甘えようと思う。    引越しに向けて荷物の整理を始めた。元々自分の物は少なかったはずなのに、こうやってかき集めまとめてみると意外にも物が増えているのに気がつく。もちろんロイの私物も俺の物に紛れて当たり前にそこにあった。 「あ、これは……」  押し入れの奥から出てきた小さな段ボールの箱。それはここに来てから一度も開けられたことのなかったヒナトとの思い出のものだった。後生大事に押し入れの奥に仕舞い込みずっと触れずにいた箱。もうすっかりその存在も俺の頭の中から消えてしまっていた。日々ヒナトのことを思っているはずなのに、こうやって気が付かない間に記憶が零れ落ちていく……思い出を失っていることにも気が付かないまま歳をとっていくことが怖く感じた。  俺はその箱をまた押し入れの奥へと戻し、なんとも言えない暗い気分で仕事に向かった── 「ねえユースケ。これ、どうすんの? 処分するやつ?」  仕事から戻るとその思い出の段ボールがロイによって開けられていた。ここに詰めてから悲しくて悲しくて一度も開けられなかった箱。中身だってもうなにが入っているのかさえ覚えていないのに、それなのにロイに開けられ晒されているのを見たら込み上げてくるのがあり、どうしようもない怒りが一気に湧いてしまった。 「なに勝手に開けてんだよ! 俺のものまで整理しろなんて言ってないだろ! それに触るな!」 「えっ? あ、ごめん……ごめん、ユースケ」  いきなりの俺の剣幕にロイは慌ててその場から少し離れ、何事かと言わんばかりに俺の顔を伺った。俺自身、思いの外大きな声をあげてしまったことに動揺する。ロイは良かれと思って俺のために荷物をまとめるのを手伝ってくれただけだ。俺は声を荒らげてしまったことに「ごめん」と謝りながらも、気不味さからロイの顔を見ることができなかった。  両手で抱え込めるくらいの小さな段ボール。俺は大事にそれを抱え中を見た。 「ああ……そうだった」  最初に目に飛び込んできたのは幾何学模様のデザインのマグカップ。俺が今使っているのと少し似ているカップ。別にペアで使っていたわけじゃないけど、俺はヒナトの真似をして同じような模様のマグカップを買ったのを思い出した。当時は自覚がなかったものの、無意識のところでヒナトに対する好意からペアのものを持つことに幸せを感じていたのだと思う。  毎日これでコーヒーを飲むヒナトの様子を思いだし、懐かしさに頬が緩んだ。忘れてしまった日常の一コマも、こうやって些細なことで思い出すことができることに、少しだけ安堵した。  マグカップの下にはヒナトが最後に読んでいた本が一冊、それとブランケット。あとは捨てても差し支えのないゴミ同然の郵便物の束。元々ヒナトも物を多く待たない人だったから、衣類やアクセサリーなんかは家族が持っていってしまい俺の手元に残ったのはこれだけだった。 「懐かしいな。なんで仕舞い込んでたんだろうな。たかだかカップとブランケットなのに……」  俺は郵便物の束を適当に確認しながらゴミ箱に捨て、マグカップとブランケット、それと本を取り出し、自分の荷物に仕舞った。  

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