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そんな兄の、心機一転
きっと。
お前にとっては、どうしようもないお兄様、なんだろう。
「ぅ、……く、ハイル……」
「ふふ、お兄様可愛い。」
ニコニコ、と屈託ない笑顔を向けられる。
俺は、それに弱い。
「ん、だめ、お兄様、離さないで?」
っ、一々、口説くような真似をするハイルも、悪いんじゃないのか……。
俺たちが祖国から逃げ出して、2ヶ月。
すっかり、新天地での生活にも慣れてしまった。
ハイルが何かしているのか、追手の類もなく平和に暮らしている。
ただ、俺の誤算を言うなら……
「おにーさまー!ただいまっ!どこにいるのー?!」
「庭だ。種を蒔いてる。そんな大声を出さなくても分かるよ。」
「あはは、そっかぁっ!僕買ったものしまってくるねぇー!!」
「あぁ。」
予想以上に、ハイルがくっつき虫なことだ。
いや、昔はそうだったけど。
今も、そうなのか……と驚いたんだ。
それに、体の関係も……2ヶ月も保つなんて、思わないだろ。
せいぜい1日、とか、長くても1週間、とか思うだろ。
噂に聞いていたハイルは、そういうやつだったんだから。
まさかブラコンが発揮されて、律儀に無茶なお願いを聞き続けてくれるとは思わなかった。
参ったな。
きっと、俺が何も言わなければ。
このまま、この日常が続くんだろう。
ハイルは優秀だから、何事も上手くやる。やってしまう。
それでいいのか、と、ここ2ヶ月ずっと、問いかけ続けているわけだ。
俺はもう王族ではないし、戻るつもりもない。あたらはあちらで上手くやっているようだから、俺の出番はない。
心配なのは、これからだ。
ハイルは、いつまで俺と生きてくれるつもりなのか。俺は、ハイルがいないと生きていけない。そう思っているから、答えをずっと先延ばしにした。
「すっ、、、はぁ……」
「ため息?お兄様、何か心配事があるの?」
「?!」
いつのまにか、ハイルが真後ろに立っていた。
眉が下がって、困ったような顔をしている。意外と、こういう時のハイルの方が手強い。
「お兄様?」
「なんでも、ない。」
思わず、目を逸らす。
教育のおかげで徹底したポーカーフェイスになったが、ハイルの前では態度に出てしまう。
ぎゅ、とハイルが俺の両手を取る。
それを自分の手で包み込んで、口を開いた。
「お兄様。ハイルは、お兄様に我慢して欲しくないんだ。お兄様がやりたくないことはやらなくていいと思うし、逆に、好きなことは目一杯してほしいな。現実問題は僕がなんとかするもの。ほんとに僕、お兄様の為ならなんでもできるんだよ?ずっとずっと、ハイルはお兄様のものだよ。いつでも絶対にお兄様の味方だよ。だから、この2ヶ月ずっと飲み込んでる言葉を、どうか、聞かせてほしいな。」
ハイルは、エスパーか何かなのか。
いつものチャラチャラした雰囲気は鳴りを潜め、俺が本気で心配だと告げる。
なによりも雄弁に色を乗せるその目に、抗い難い魅力を感じる。
昔から、そうやってお前だけが、俺の話を聞いてくれる。
そして、聞くだけでなくて、俺の世界をまるっとひっくり返す。
「これからの、ことだ。俺は、いつまでここに居られる?」
「一生。」
「ハイル?」
「聞こえなかった?一生、だよ。お兄様。」
「いや、だけどお前、嫁とか貰うだろう。」
「なんで?お兄様が居るのに、嫁なんて要らないよ?」
心底不思議そうな顔で問われる。
そんな、軽く決めることか……?
「あ、そか。」
ハイルが何かに気付いたようだった。
そして、土で汚れるのも構わず、その場に跪いた。
何を考えているか分からない瞳と、俺の瞳がかち合う。
「お兄様、大好きです。一生家族で居たいです。出来ることなら、お兄様と2人の世界で生きていきたいくらい。お兄様はずっと、僕の特別な人です。どうか、お兄様の為に尽くさせて下さい。」
「お前、どちらかと言えば女の子に尽くされる側じゃないか……。」
そう言うと、ハイルはムッとした顔をする。
「はぐらかさないでください、お兄様。」
「言いたいことがよく分からない。」
「んー、僕も、お兄様のことになると、上手く言葉にならないから。」
どうしよう、と呑気に首を傾げている。
「不安定なものは、要らない。それなら、最初から欲しがらない。」
「確かなものが欲しいの?」
頷く。
確か、たしか、確かなものって、とぶつぶつ呟き始めたハイル。
鈍い。
「はぁ。」
ため息を禁じ得ない。ハイルではなく、自分に。
大概、俺も分かりにくい。
弱くて、意地っ張りで、逃げたがり。
こんなののどこが良いのか。
だけど、跪いて囁かれた愛の言葉が本気なら。
こんな俺でも、お前を望んで良いってことなんだろう?
そうだと、言ってくれ。
「結婚しろ、ハイル。愛の教会の正式な作法で、だ。不確かなものはいらない。」
神によって結ばれた関係は、少なくとも今世では覆されない。
「えっ。えっ?!?!
お、お兄様、ほんとに?大丈夫?そんな大事なこと、、、」
「だから2ヶ月も悩んだんだろ。」
「えぇーーーっっっ?!?!」
「返事は?」
「もちろん!!する!!今すぐ準備してくるねっ!!!」
「待て、寂しい、今すぐはダメだ。」
「ぅぇっ?!え、ほんとお兄様どうしたの?え?夢?」
「あ、わ、ごめんね、そんな険しい顔しないで!そばにいるから。」
どんな無茶も、聞いてくれると知っている。
二度と、盗られてなるものか。
心機一転。
せっかく、舞台が変わったのだから。
いつまでも塞ぎ込んではいられない。
いつでも捨ててくれ、なんて綺麗事も要らない。
俺はお前を奪う。
そう決めた。
「あ!お兄様!一緒に、幸せになろうね!!」
不意に、飛びっきりの笑顔を食らった。
酷い衝撃で、全てが飛んだ。
「あぁ。」
すきだ。
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