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第16話 葛藤と再会 1

湖に発生した渦に飛び込んだ速水、照史、ディーン、サムの四人は、十字路が敷かれた中心部に佇んでいた。 「何だここは」 怪訝な目でディーンは周囲を見回した。 道に敷かれた十字路以外は何もなく、地平線まで地面が広がっている。 空は雲一つなく澄み渡っており、空気が澄んでおり、穏やかな風が吹いている。 それ以外は何もない。 植物、生き物、家も、人も・・・。 「ここって、本当に魔界?」 サムも周囲を見回すが、自分達四人以外は誰もいない。心配になったサムは、速水を見た。 「あの湖が魔界へ繋がっていたのは確かだった。だが俺も、ここは知らない」 速水は、術を間違えてしまったのかと焦りが出始めていた。 ここが魔界ではないとするなら、ここはどこなんだ。このまま脱出しなければ、一希を助け出す事ができなくなってしまう。 ふと、風の向きが変わった。 穏やかな風は変わらないが、四人が立つ中心部に一人人影が現れた。 「ようこそ。ここは魔界への入り口。貴方達の願いを叶えてあげる」 四人の目の前に現れたのは美しい紫色の肩まであるくせ毛の髪を風に靡かせた妖艶な美女だった。どこか甘ったるい声に色気が感じられるが、凛とした佇まいから、まるで女神ように神々しさを兼ね備えた彼女は、アメジストの瞳を細めてにっこりと微笑むと速水たちに近づいていく。 彼女を見て四人はその魅惑的な美しさに息を呑んだ。 「ここに四人も来るなんて珍しいわね。お兄さん達はどんな願いがご希望かしら?」 徐々に近づいて来る女に警戒して四人は我に返り戦闘体制を取る。彼女からは淫魔の妖気が感じられたからだ。 豊満な胸元が大きく強調されている純白のストライプ型のノーフリーズドレスは、白くきめ細やかな肌をした彼女を美しく際立たせる。両腕の二の腕まで白いオペラグローブを嵌めており、さながら結婚式のウェディングドレスを彷彿とさせる。 紫色のクセ毛も肩でふわふわと靡いていて、彼女からただよう甘い香りに心を奪われてしまいそうだ。 彼女もあの淫魔王・ヴィンセントと繋がっているかもしれない。 彼女の美しさに警戒した速水は彼女に問う。 「仲間を救出するために魔界へ行きたい。淫魔王の居場所を教えて欲しい」 「淫魔王・・・?」 速水の言葉に彼女は一瞬アメジストの瞳を開かせたが、直ぐにクスクスと片手を唇に添えて優雅に笑う。 「ああ、貴方達が王の番のお仲間さんね。ヴィンセント王から話は聞いていたわ」 彼女の言葉に四人に緊張が走る。 どうやらヴィンセントは自分達が来る事を予想していたようだ。 「でももう諦めてお帰り頂いた方がいいわ。貴方たちが救出するというお仲間さんも、もう王に堕とされているでしょうし」 照史はハッと息を飲んだ。確かにあの廃墟のホテルで一希を見た時、明らかに何があったのか察しがついたからだ。 淫魔に裸で横抱きにされた一希は、身体中に淫魔の体液を纏わり付かせ、甘い匂いが漂っていた。 あれを見て照史は、一希が何をされたのか、想像しただけで身震いがした。 彼女の言葉に速水は既に想定していると返した。 「既に人間界で仲間は淫魔王の体液を飲まされた。奴隷に堕とされている事は承知している。だがどうしても連れて帰らなけばならないんだ」 想定していると断言する速水に女は目を細めた。純粋にこの男に興味が湧いた。 「あら、どうして?悪いけれど、淫魔王の体液を享受した人間は今後も淫魔王に抱かれ続けないと体液の欠乏症状に陥り苦しい発作を起こしてしまう。淫魔王に選ばれた時点で人間界でいうなれば嫁入りしたということかしら?」 彼女の言葉に速水や照史、サムやディーンも似たような人間を思い出した。 淫魔を倒して人間を救出したとしても、彼等を苦しめたのは性への渇望だった。淫魔は人間と性行為をし、人間の性感を絶頂に高めて生命力を吸収する。性行為に浸っている人間は一時は幸福感を得るが、淫魔がいなくなれば後遺症として苦しい渇望が襲ってくる。 皆、それで苦しんでいた。 速水はそれを思い出すと再度女に言った。 「仲間は淫魔王の番になることを望んでいない。体液の欠乏症状はこちらでも打つ手がある。だから淫魔王の居場所を教えてくれ」 速水の頼みに三人は女からの返答を待つ。しかし、彼女はクスクスと笑うだけだ。 「あなた、どうしてそこまで番様に拘るのかしら?さっきも言ったように、淫魔王の体液を享受した人間は今後も淫魔王に抱かれ続けないと体液の欠乏症状に陥り苦しい発作を起こしてしまう。このまま二人が末長く一緒にいる所を見守り続けるしかないのよ?」 女の言葉に速水は反論した。 「それでも人間界に連れて帰らなけばならない。淫魔は人間の感情に敏感ではなかったか?番になる意志がないならば、意味がない筈だ」 女は速水の反論にペロッと小さく舌を出した。 この男、我々淫魔の習性を分かっている。 速水は人間界で、古い資料だが淫魔の番に関して記述を見つけていた。 確かに淫魔王の番は淫魔王が選ぶ。そう書いてあったが、さらに記述があった。それは、番に選ばれた者が番になることを受け入れること。 そうでなければ成立せず、無理矢理淫魔に暗示をかけられてもいずれ綻びが生じ、淫魔王自身の死を招くと記述されていた。 一希は、淫魔王ヴィンセントに無理矢理という形で魔界に連れ去られた。という事は一希自身は番になる事を望んでいないと解釈できる。 つまり、速水はヴィンセントに連れ去られて時間が経っていない今のうちに一希を人間界に連れて帰らなけばならないと判断したのだ。 「あらぁ、博識だこと。確かに番様は未だ王を受け入れてないと聞くわ。それは認める。あなたの言う通り淫魔が人間に暗示をかけて無理矢理番様の意志を変えたところで意味がないことも事実。でも私は淫魔王からこの空間の番人を任されている身。そう簡単には居場所は教えられないわ」 女は認めた。しかし簡単に居場所を教えられないという彼女に速水は近づく。 「何をすればいい?」 速水は彼女の目の前に来た。 女はクスっと笑うと、近づいた速水の腕を取り、自身の身体に絡ませる。女と身体が密着するごとに、彼女から漂う甘い香りが速水の身体に漂う。 長く密着していては確実に取り込まれてしまう。 「そこまで頼むのなら・・・いいわ。連れて行ってあげる。私とキスをすればいいの。そうすればあなたと私で契約は成立され、あなたたちを淫魔城へ案内してあげる。ついでにサービスで魔界の瘴気に耐えられる身体にしてあげるわ」 女は了承した。 速水は、女がこれ程気前がいい返答をするとは思っておらず、一瞬驚いたが、女の思惑を探るように尋ねた。   「随分と気前がいいな。何を考えている」 警戒心が強い速水に女は面白かったのか、クスクス笑う。 妖艶なこの#淫魔__サキュバス__#は速水を品定めしているように舌をペロリと一舐めする。 速水は妖気の強さから察するにこの女は上級妖魔なのだろうと推測した。女に取り込まれると、一希のように体液を注入され自分まで奴隷に堕とされる。 速水にとって、これは駆け引きだった。 「別に何もないわ。せっかく私とキスすれば淫魔城へ連れて行ってあげるというのに、つれないわ」 「うるさい。キスしてやるからさっさと連れて行け」 「あなたみたいな人、私の好みなのに勿体ない。後もう一つ教えてあげる。契約は私とのキスだけど、後であなたにも対価を支払ってもらう」 「対価?」 速水は怪訝に眉間に皺を寄せた。 「私の飼っているワンちゃんにその魂を献上すること。いわゆる餌」 これは速水だけでなく、他の三人も驚いた。 「私のワンちゃんは地獄の猟犬といってね。本来人間は魔界どころかこの空間に入ることすらできない。異界渡りができないという事は、人間は異空間への干渉は不可能という事よ。それを私が通してあげる。血も涙もない淫魔じゃないわ。でも通行料は欲しいけどね」 つまり女は淫魔城へ連れて行く通行料として、速水の魂を頂くということだ。女の言葉に照史は怒りに任せて近づいた。 「ふざけんなこの年増ババア。結局テメェが都合いいだけじゃねぇか」 「失礼な坊やね。誰が年増ババアですって?お仕置きに私のワンちゃんと追いかけっこしてみるかしら?」 「上等だこのババア。お前の犬っころなんざ逆にこっちがてなづけてやる」 言うが否や、女の背後から巨大な三つ顔の犬が現れる。高層ビルに匹敵する図体の巨大さと妖気の強さ、獰猛さは相手を恐怖に陥れてるには充分な迫力だ。 瞬時に現れた巨大な猟犬に照史は思わず腰を抜かし、速水、ディーン、サムは驚くしかなかった。 「ご紹介するわー。これが私のワンちゃん。地獄の猟犬よー」 三つ顔の巨大犬は腹が減っているのか、ドロドロと涎を垂らして鼻息荒くしながら照史を見ている。グルルと喉を鳴らして今にも照史に飛びかかりそうだ。 この巨大犬の機嫌の悪さを見て、あ!と女は思い出したように開いた口を隠すため手を添える。 「あらワンちゃんのご飯をすっかり忘れていたわぁ。ちょうどいいご飯があるから、食べていらっしゃい~」 主人の許しを得た猟犬は喉を鳴らして照史に狙いを定める。腰を抜かした照史は、慌てふためいて両手を目の前の巨大犬に広げて待てというポーズを取った。 「まー待て!冗談!冗談!ごめんなさいすいません僕の失言です許してください美しい淫魔のお姉様!!」 「ディーン!」 「おう!」 腰を抜かした照史を救出しようとサムとディーンはそれぞれ銃を構える。しかし、女が猟犬を制した。 「あーらもう降参?しょうがないわね。ワンちゃん、お座り」 女の言葉を合図に猟犬は姿を消した。 唖然と照史は女を見た。 「全くもう、マナーのなっていない坊やなんだから。せっかくワンちゃんのご飯にありついたと思ったのに」 怖いわ。この女、#____#で#殺__や__#る気だったろ。 「では仕切り直しね。それじゃ、いってらっしゃい」 女はつま先を伸ばし、速水の唇にキスをした。 すると風が一段と強くなり、竜巻のように吹き荒れる。四人は飛ばされないよう姿勢を低くして、風が通過するのを待つ。女は竜巻の風音に紛れて姿を消していく。 最後に女は言った。 「私はクロウディーヌ。魂を頂く時に、また会いましょう。速水流水くん・・・」 クロウディーヌが完全に姿を消した後、竜巻はさらに強くなり視界が全く見えなくなった。 竜巻が止むと四人は完全に知らない場所にいた。 空は黒雲が全てを覆っていて、小さいが所々で雷雲が発生している。樹々は生い茂り、硫黄の匂いが鼻につく。重い湿気がズンと四人を不快にさせる。 恐らくここは森の中なのだろう。 ディーンとサム、照史は着ていたジャケットを抜いて肩に掛けた。 「何だこの湿気は。気持ち悪りぃ」 ディーンはジャケットを肩にかけたまま、片手で早速垂れてきた汗を拭った。 あの澄み渡った十字路しかない空間から一転してこの空間は湿気地獄だ。長居してはこちらの身が持たない。 「でも、ここが魔界じゃないかな?ほらあれ」 サムは森の隙間から聳え立つ三つの石垣の塔を見つけた。塔の周りを複数の淫魔達が巡回している。 「あれは・・・」 巡回している淫魔達は、バラバラに巡回していた。誰も森には警戒していない。 「恐らく、あれが淫魔城だ。このまま侵入できる経路を探そう」 速水の言葉に三人に緊張が走った。

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