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第17話 葛藤と再会 2
一希は、ヴィンセントによってドールハウスに収容されて一週間が経っていた。
この建物自体は地下に建設されているらしく、外の様子が全く分からない。だが一希がこの施設に収容されて、不自由に感じることはなかった。むしろ、快適に過ごしていると断言した方がいいくらいだ。
食事は基本的に一希の栄養バランスが重視されたメニューが出されて、且つ見た目も一希が食欲をそそられるよう、人間界のカフェランチのデザインが取り入れられている。見た目も栄養バランスもいい食事内容に一希は密かに楽しみにしていた。
施設自体も人間界でいうところのアジアンテイストが採用され、ラウンジから、ヴィンセントとの調教で使用されるゲストルーム、浴室、講義室と全てデザインが統一され、海外のアジアンリゾートホテルに滞在している雰囲気が味わえる。まるで海外に一人で旅行に来ているような気分だ。
ヴィンセントかゼルギウスが必要だと判断すれば、身体の不調に対応した処置も受けられるし、しっかり休息も取らせてくれる。娯楽はないが、過ごしていて苦痛に感じたことはない。
まるで高級VIP対応だ。
時間が経つにつれ一希はこの施設での生活に慣れ始めていくうち、以前よりも人間界への思いが薄れ始めた事を自覚し始めていた。
人間界で一希が送っていた生活は、せいぜい仕事と自宅の往復、速水から指示が入る妖魔退治。単調な生活だったが、以前の一希はそれに苦を感じた事はなかった。それ自体が当たり前だったし、当たり前だからこそ不満を感じる事はなかった。
でも今は違う。
こんな豪華な生活の味を覚えてしまっては、以前のように人間界で暮らしていくのはできないかもしれない。
ドールハウスの快適さは文句ないが、ただ文句を言いたいならば、ヴィンセントの魔力が施された首輪を装着され、一希の行動は全て筒抜けになっており自由がないこと、服を着させてくれずガウン一枚で過ごさないといけないことだろう。服を着たいことはゼルギウスに言ってみたことがある。ヴィンセントはのらりくらりと交わされたから。
すると、ゼルギウスは
『この期間中は番は本来裸で過ごすのが習わしなのですよ』
つまり、服なんて必要がないから用意もしていない。という事だ。
都合の良い習わしだな、淫魔族って。
一希は、ドールハウスに収容されてから昼間はゼルギウスの講義を、夜はヴィンセントに夜の調教を受けていた。
ゼルギウスは主に座学が中心で、調教というより淫魔王の番教育がメインだ。
もともと淫魔王が番を迎える際、専門の教育係を付けることが淫魔族の習わしだったそうで、一希の場合は座学がゼルギウス、夜枷はヴィンセントと決めていたそうだ。面白おかしく説明していたゼルギウスだが、本来は教育係が淫魔王との夜枷を教えなければならないのだが、ヴィンセントは私が教えると一点張りの指示を出し、他は全て彼が行うことになったという。早い話が一希との夜を楽しみつつ自分だけの色に染めて染め切った一希とたっぷりセックスを楽しみたい、という理由らしい。
ヴィンセントは、ゼルギウス以上の変態淫魔なのだと、一希はこの時思った。
ゼルギウスは、淫魔族の成り立ちなど歴史関係、魔界のこと、淫魔王の番としての役割を丁寧に教えてくれる。一希自身は番になる事を了承していないが、向こうは番前提で進めている。
ヴィンセントは昼間のゼルギウスの講義に合わせて夜の情事を指導する。しかも指導しながらしっかりと事に及んでいる。
翌日ゼルギウスの講義中あまりにも眠くて欠伸が出たら笑われた。
王は役得ですねぇと。
一希も思わず頷いた。
役得ねぇ。うん、俺もそう思う。
指導しながらがっつり最後までヤルんだもん。一番楽しいのはヴィンセントじゃないか。
ゼルギウスの講義は、詳細だが教え方が丁寧だ。
人間界でも歴史の授業は好きな方であったからか、講義を聞いていると淫魔族や魔界の事を聞けるのは興味深い。
人間の世界史に似ているところと人間とは違うところ、それぞれゼルギウスは教えてくれるし、一希も質問するとすぐに教えてくれる。
ゼルギウス自身も博識で、一希が聞いているところを的確に答えてさらに教えてくれる。講義に疲れたら小休憩を挟んでお茶を用意してくれる気遣いも見せてくれる。
ヴィンセントとしても部下として信頼できるだろうな。
一希は思った。
昼間ゼルギウスの講義を聞いて分かったことは淫魔族は魔族であり、妖魔ではないこと。魔族であるが故に、魔力は強く代々淫魔王に選ばれる者は、王族内で魔力が最も強い者が選ばれるという。人間界の王族と似ていて血統主義であることだった。
ヴィンセントの父に当たる前王は淫魔族で最強の魔力を持った淫魔王だった。一時は淫魔族が他種族を支配していた時期もあったというが、魔族も時代と共に部族間協定志向へと変化したという。
魔界に存在する魔族にはヴィンセントやゼルギウスがいる淫魔族、人間の血を吸うと言われる吸血鬼ヴァンパイア族、人狼族、竜人族、獣人族の五大部族と呼ばれ、魔界の下等妖魔の統一も含めて魔界全体の均衡を保っているという。人間界に移住する者もおり、太古の昔から魔界と人間界は互いの往来があったという。
時代や魔界の住環境から人間の魔界への往来はなくなってしまったが、魔族の中には人間と結婚して家族がいる者、人間として人間界に滞在している者など人間の生活に溶け込んでいる者も少なくない。中には人間界で犯罪を犯す者もおり、そういった者を取り締まるいわゆる犯罪対策組織も存在している。
聞いていると人間界とあまり変わらないと、一希は驚いた。
退魔師だった自分は、全く知らなかったのだ。
しかし、ゼルギウスからは人間とは唯一違う点は人間は寿命が来れば自然死するが、自分たち魔族は自ら死ぬ行動を取らない限り死ぬことはないという。
淫魔族を治める淫魔王の番は代々人間だった。淫魔同士の番はダメだという。
「なんで、同族じゃダメなんだ?」
首輪とガウン姿のまま一希は座学のため設置された講義室の一人用オミソファに座ったまま、教師であるゼルギウスに聞いた。
講義室には教壇やボードはあるものの、部屋のデザインも重視されており、眩しさを感じさせない程度に灯りを確保している間接照明のスタンドライト、手編みされたウォーターヒヤシンスのガラステーブルには、一希が飲んでいるダージリンティーが入ったマグカップが置かれ、部屋の隅に大きなモンステラがセッティングされている。
他と比べると小さな部屋であるが、この部屋のインテリアに合わせたBGMが小さな音量で流れており、心地良さを感じる。
「簡単なことです。子孫が残せないのですよ。つまりのところ、淫魔同士では子どもができないのです」
「えぇ?どうしてだ?」
ゼルギウスによると、もともと自分たち淫魔は別名夢魔といい、下等妖魔の一つに過ぎなかった。ある日夢魔たちが集団で行動するようになり、その集団の中から強力な魔力を持った夢魔が登場する。やがてそれは淫魔と呼ばれ、淫魔国が建国。淫魔同士セックスしたが、待てど暮せど子孫を残すことはできなかった。自分たち淫魔は人間に外見が近い。なぜなら人間の夢に夢魔は入り、淫夢を見せて自分たちを孕み落として産まれた妖魔だったからだ。
そのため魔界へ誘い人間とセックスすることで、子孫を残すことができると判明した。ならば魔力が強い淫魔の子どもを産んでもらえばいい。以来、子孫繁栄は淫魔族王家の務めとされ、番も淫魔王自身が人間を抱くため淫魔王が直接人間を選んで番にするという習慣が作られたという。
一希は、ゼルギウスが退室した後ベッドでヴィンセントに言われた事を思い出した。
『淫魔王自身が番となる人間を選び子どもを産んでもらう』
一希は、恥ずかしげにゼルギウスに尋ねた。
「でも人間の中で番を選ぶなら・・・その、女性を選んだ方が良かったんじゃ?俺、男だし・・・その、妊娠て、できないから」
ヴィンセントに抱かれ続けた一希は、あの美丈夫の容貌が自分を見つめていたことを思い出して内心ドキドキしていた。ちなみにヴィンセントは淫魔城に戻り、現在政務中だ。昨日も不在の間一希に欠乏症状が出現しないよう時間をかけて抱かれた。
ゼルギウスの話を聞く限り、ヴィンセントもきっと一希に自分の子どもを産んで欲しいと思って番にしようとしているのだろうと予想がついた。でも自分の身体ではどうあっても妊娠できない。
ゼルギウスも一希がそう考えていたことは承知していたようで、さらに言葉を付け足した。
「いいえ、一希様。歴代の淫魔王の中にも一希様のような男性を選ばれた方もいらっしゃいました。もちろん、番になられた方全てお子様が生まれております。私たち淫魔は人間の妊娠とは違い、思いが通じ合うことで、淫魔の魔力が一希様の身体を循環し、最終的に一希様のお身体に巡る血液と王の魔力が合わさりお子様が生まれるのです」
以外な話だ。
というか、淫魔の子作り始めて聞いた。
一希は目を見開いた。
「そういう訳ですから、ご心配なきようたんと王の愛を感じて気持ちよくなりましょ」
「そこは言わなくていい!」
にっこりとなんて事言いやがるこの変態淫魔。
やっぱり聞くんじゃなかったと、一希は後悔した。
※※※
「城に?」
夜、ゼルギウスと交代でヴィンセントがドールハウスのゲストルームで一希と共にキングサイズのベッドにいた。
アジアンテイストのインテリアは休憩に居心地がいい。このベッドの土台もヒヤシンスが使われていて、長身のヴィンセントと寝ても全く壊れず頑丈な造りなっている。
「ゼルギウスから報告を受けているよ。そろそろ、私の城に入城してもいい頃合いだと」
一希は驚いたと同時にもう一つの気持ちに気づいた。
なぜだろうか。本当は淫魔の番にはなりたく無い。ヴィンセントから子どもを産む事や昼間のゼルギウスの講義で男の俺でも妊娠が可能だと知った時、現実味を帯びていて怖い事は確かなのに。
なのに、このままヴィンセントと一緒にいる事も安心を感じてしまう自分もいた。
ヴィンセントの魔力と体液を身体に受けてしまったせいなのか。
このままヴィンセントの言うままに、番になってはいけないとずっと思っている。ゼルギウスの講義やヴィンセントの調教でも早く逃げ出さないとと、自覚しているのに。
ヴィンセントに抱かれてから、身体が徐々に変わっていくのが最近自分でも分かってきた。
姿見を見ると元々痩せ気味だった身体は丸みを帯び始め乳房も膨らみ全体的に肉が付いてきた印象だ。さらに若干声も高めの声に変わり始めている。
早く此処から逃げなければと思う。ヴィンセントにも。
でもどこかでここにいた方がいいのかもしれないと思う時がある。
一希の憂いの表情にヴィンセントはクスクスと笑い、一希の横髪に自身の大きな手をすぅ、と差し込んだ。自分と同じ視線を向けられ、一希は息を呑む。
正面から見ても、この男は美しい。
魔性の存在だと分かっているのに、惹かれていく自分を抑える事が出来なくなってしまいそうだ。彼の、サファイアブルーの瞳に自分の姿が映っているのが分かると、彼に取り込まれたように錯覚してしまう。
「どうして、そんな顔をするの?」
「あっ・・・」
額に、小さく口付けされた。
彼の唇が額に触れた途端、触れた部分だけ熱くなったように感じた。
「私はずっと君を待っていた。七年前に君と出会ってから、やっと君を城に連れて行く事ができて私は今嬉しいのに」
何だろう。
彼の言葉に、長く待ち焦がれた恋人に愛を語っているようだと、一希は思った。
「ヴィンセント、どうして俺を選んだんだ?」
一希の疑問に、ヴィンセントは不思議そうな表情をする。
「以前話しただろ?淫魔王の番は淫魔王自身が選ぶと。これは運命だ。君と私が、運命という鎖で繋がっているんだ」
さらにヴィンセントは付け加えた。
「運命は変える事はできない。君は私と番になり、私の子を産んでもらう」
ヴィンセントは一希に深い口付けをしたまま、一希をベッドに押し倒す。
その夜も一希の歓喜と快楽が混ざった嬌声が響き渡っていた。
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