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第1話

 序章  アリステリア王国には義賊がいる。  そんな噂がまことしやかに囁かれ出した頃。  アリステリア王国の深い深い森の奥にある精霊の国で、数百年に一度しか生まれないという、ブルーローズの精霊が誕生した。  誕生といっても、十二、十三歳の身体をしていて、エーテルという特殊な液体の泉から生まれた彼は、ばば様と呼ばれる国の長に『ノエル』と名付けられた。  ブルーローズと同じ色の髪と瞳を持つノエルは、鼻先がツンと尖った、品のある美しい顔立ちをした精霊だった。 「ばば様の予言通り、美しい少年が生まれたわ!」  精霊たちは珍しい精霊の誕生に、お祭り騒ぎだった。  玉座に座らされたノエルはきょとんとし、これから精霊として生きていくことを、年配の精霊に丁寧に教えられ、その日は一晩中ノエルのための祭りが続いた。 『夢叶う』 『神の祝福』  という言霊の力を持って生まれたノエルは、まだ自分の波乱万丈な人生を知ることなく、優しい精霊たちに囲まれて、幸せに暮らしていた。  ***  それから、四年後。  頭巾を被り、足首まである黒いマントを羽織った何者かが、王城の壁に沿って風のように駆けていった。  そうして明かりがついた一番端の部屋に、窓からするりと入り込むと、ふぅ……と息をついて頭巾を取った。  すると黄金色の髪が揺れて、端整な顔の青年が現れた。  鼻筋の通ったその顔は、まるで絵本に出てくる王子を具現化したような魅力を持っていて、どんな女性でも、彼が微笑めば虜になってしまうほど美しい造形をしていた。  そして何より魅力的なアイスブルーの瞳が、初老の執事……ステファンを捉えたのと同時に、ステファンは彼が脱いだマントをさっと受け取った。 「――お言葉ですが、アッシュロード様。このような危ないことは、もうおやめになった方がよろしいのでは?」  恭しく頭を下げながら口にしたステファンに、アッシュロードと呼ばれた青年は首を横に振った。 「いいや、やめないぞ。父上の悪政が直るまではな」  そう言うと、アッシュロードは市民の格好から、貴族らしいフロックコートとキュロットに着替えた。そして髪形を整えると、アリステリア王国の王子に戻る。 「さぁ、今夜も朝までバカ騒ぎをするんだっけ? 父上の命令だ。俺も顔を出そう。頭の悪い王子の振りをしてな」  アッシュロードは口の端だけ上げて皮肉に笑うと、背筋を伸ばして部屋を出ていった。  これからは、悪政を敷く王のバカ息子として、浴びるほどシャンパンを飲み、遊び慣れた貴婦人たちのお相手をするのだ。偽りの仮面を被って……。  暗くなれば義賊として街を走り、厳しい税金の取り立てのため、明日食べるものすらない家庭に、貴族の家から盗んできた金銀宝石を与える。  彼は仲間とともに、義賊として毎夜、王都を駆けているのだ。  それが彼の本当の姿だった。  王子ならば王に進言して、税金の取り立てを緩やかにすればいい。そう思う者もいるだろう。  しかし王は、王妃が亡くなってから十年。寂しさを埋めるように毎夜大勢の貴族と大騒ぎをして、遊び暮らすようになった。  さすれば自然と金が必要となり、税金を上げ、国民の生活を顧みることもなくなった。 (昔は良き王だったのに……)  やるせない思いとともに、アッシュロードは何度も父王に「こんな生活はやめてください!」と進言してきた。しかし父王は煙たそうな顔をするだけで、聞き入れることは一切なかった。  そうこうしているうちに、明日の食事もままならない国民が出てきて、アッシュロードは義賊になることを決意した。  けれども、こんなことをしていてもほんの小さな灯でしかない。 (根本的に政治を変えなければ!)  そう考えてはいるが、いかんせん国王がまったく聞く耳を持たないので、臣下たちも声を上げることもできず、この豪勢な貴族第一主義の政治に付き合っていた。 「いやー、国王の夜遊びには困ったものだなぁ」  などと口にはするものの、貴族院の政治家たちも国民の税金を湯水のように使う生活を楽しんでいた。 (今の臣下たちも、総入れ替えしなければならないな……)  広間の扉を開け放ちながら、アッシュロードは黄色い声を上げながら集まってきた貴婦人たちに、甘い笑顔をわざとらしく作る。  父王を、自ら殺めることにならないよう自分を戒めながら、アッシュロードは心の中で唇を噛みしめながら生きていた。

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