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1 わんこで悪い?

 幼少のころから俺は、近所の間では「ちょっと変わった子」として知られていたそうだ。それが、自分が持つ「退魔」の能力が原因だと分かったのは、高校生になってからだった。  それからは、そんな「異能」を他人に知られないように生きてきた。おかげで俺の学生時代は、まっくろくろの歴史でしかない。それは就職してからでも同じだった。  しかし数年前、日本に突如として『物憑き』なる現象が現れ、人々に被害をもたらすようになると、俺の人生は大きく変わってしまった。それが俺にとって良いことだったのか悪いことだったのかは分からない。ただ、まさか三〇歳にもなって、今さら自分の「異能」が役に立つとは思いも寄らなかったのは事実だ。  俺は今、政府公認で組織化された『退魔士ギルド』の一員として、『物憑き』の原因である『物の怪』たちと日々戦っている。  はずなんだが…… 「仕事の邪魔をするな」  事務仕事をこなしている俺の後ろから、ヴェルルがいきなり抱きついて来た。 「暇だよー、暇だよー、ボクと遊んでよ、カムロン」 「そんな暇は無い。あと、その呼び方はやめろ」 「ほら見て、セーラー服着てみたんだ。似合う? 似合う?」  俺の言葉を思い切り無視すると、ヴェルルはすぐそばで、くるりと一回転をする。肩のあたりで切りそろえた銀髪のボブヘアがふわりと浮かび、短めのスカートから眩しいくらいの白い太ももが顔を出した。  ヴェルルは、『狐憑き』だ。  ハーフの少年に狐が憑いてしまったのだが、もう『退魔』ができないほど物の怪との融合が進んでしまっていた。こいつを拾ったのは……思い出したくないからやめよう。  なぜかは分からないが、俺の使い魔になってから女装するようになった。切れ長の眼と鼻筋の通った顔立ちは、確かに女装すると似合いすぎて破壊力抜群なのだが、俺が「使い魔に女装させるのが趣味の変人」だと誤解されるだけなので、本当にやめて欲しい。 「……そんなもの、どこで買ったんだ?」 「通販だよ♪」  頭が痛い。 「俺のカードを勝手に使うなと言ってるだろうが。購買履歴が残るんだぞ」 「いいじゃん。カムロンだって、ボクが可愛いと嬉しいよね?」 「さんざん言ってるが、俺にそんな」  しかし、全てを言わせないようにする為だろう、ヴェルルが俺の首に縋りつく。そして、耳元に唇を寄せた。 「だから、今夜はボクと……」  と、そこで突然、事務所のドアが開く。 「旦那様、たった今……」  入り口に男の子が立っている。ただしメイド服。俺とヴェルルを、まるでこの世の終わりを目にしているかのように見ている。パーマっ気の全くない黒髪につけたホワイトブリムがわなわなと震えていた。

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