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2 旦那様のメイドなのです。

 部屋に入ってきたのは、怜仁(レニ)だった。  ヴェルルに抱き着かれている俺を見る瞳から、光が消えていく…… 「ふ……ふ……不埒です、不実です、不潔です」と、怜仁。 「ジョロリン、今取り込み中なんだけど」とヴェルル。 「はっきり言うが、取り込んでない」 「今夜のね、おニューなプレイの相談をしているんだ……だからさ、ジョロリン。出てってくれよ」 「だから、そんな話はしていない」 「そ、そんな……旦那様……今日は私と……添い寝してくれるって約束でしたのに……」  怜仁の顔から血の気が引いた。何やら暗い影が体の中からにじみ出てくると、それらがだんだんと集まり、怜仁の背中に何本もの大きな『脚』を形作っていく……  怜仁は『蜘蛛憑き』だ。それも女郎蜘蛛。だからヴェルルは揶揄いがてら『ジョロリン』と呼んでいるようだ。  俺が怜仁を引き取ったのは去年のことだ。  『物憑き』の男の子がいるとの通報を受けて急いで駆け付けた交差点のど真ん中で、その男の子は蜘蛛の巣に腰かけながら虚ろな目で呆然としていた。そこを俺が『保護』したのだが、我に返ったその子が、俺を見て言った最初の言葉は「ここ、どこですか?」だった。  『物憑き』であっても記憶が失われることはない。不思議に思って話を聞いてみたが、「コンビニ帰りにトラックに轢かれたから、乙女ゲームのヒロインにってお願いしたのに、神様が間違ってTS転生させてしまった元JKなんです、私」などと意味不明なことを口走っていた。  残念ながら、その子の魂も物の怪との融合がかなり進んでしまっていたため、退魔は不可能だった。アレな病院に入れるわけにもいかなかったので、俺が『使い魔』として引き取ることにしたってわけなんだが……  まあ死人が出なかったのが、せめてもの救いだろう。一人でも死人を出していれば、怜仁は今頃『処分』されていたはずなのだから。  それから怜仁は、この事務所で『メイド』として働いている。人間としてはまだ少年というべき年齢のはずだが、家事全般を優秀にこなしていた。  ちなみに怜仁は、女物の服しか着ようとしない。可愛い顔をしている分、様にはなるのだが、小さな男の子に女装させるのが俺の趣味だと勘違いされるので、そろそろやめて欲しい。 「怜仁、いつものことだ、いちいち反応をするな」 「しかし……旦那様……」 「ジョロリンさぁ、最近沸点が低くなってんじゃない?」  さらに揶揄うヴェルルに向けて、怜仁の背中に生えた脚が一本飛んでいく。 「私は怜仁であって、ジョロリンではありません!」  ヴェルルがそれをひらりとかわすと、俺の顔のすぐ横を脚が通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さった。  まったく……修繕費は誰の負担か知っているのだろうか。まあ、俺じゃないけど。 「あのさぁ、はっきり言っとくけど、カムロンはボクのものだから」  お前のものになった覚えはない。 「勝手に決めないでください。旦那様は、怜仁の旦那様なのです!」  そんな覚えもない。  俺はゆっくり立ち上がると、睨み合っている二人に向けて鋭く言い放った。 「二人とも、俺の話を聞け。いいか、いつも言っているが、俺はホモではない!」  しかし、そんな俺に二人は少し冷たい視線を向ける。 「だから女装してあげてるんじゃん」 「ちゃんと女装しています」  いや、そういう問題じゃないんだ……。  はぁ……全くもって頭が痛い。

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