1 / 46

第1話

 21世紀初頭、世界的なウィルスの流行や戦争が起こった。温暖化の影響か、大地震や洪水など未曾有の被害が多発、人類は破滅の道へと突き進むかに思われた。そんな中、少子高齢化による労働力を補うため、さまざまな場所でロボットが活躍するようになった。  20××年。ある企業がそれまで小説や映画の世界でしか見たことのないような、ロボット技術を開発した。高い人工知能を持ち、肉体においても、まさに人間と寸分違わぬ機能を持つ人型の人工生命体、つまりはアンドロイドだ。当時、その開発の陰には”T”という存在があったと囁かれるが、いつの間にか都市伝説のひとつとして忘れられていった。それから約十五年――。  1  週末のショッピングモールは多くの人で賑わっていた。ドーム状のガラス屋根で覆われたアーケードには高級店の一角や、古書店、カフェなどさまざまな店が軒を連ね、まるで小さな都市がその中にすっぽりと収まっているかのようだ。その場にいるのは何も人間だけではない。個人所有のロボットや、公共の場を安全に、尚且つ清潔に保つために配置された使役ロボットの姿も数多く見られる。  「あなたの家を掃除ロボットがきれいにしましょう!」のフレーズと共に、かつてREX社の掃除ロボットは一世を風靡した。その後、次々に新型が発表され、いまでは世界中のありとあらゆる場所でロボットを見ない日はなくなった。彼らは常に影の存在だ。その場にいたとしても、そこに彼らの意思はなく、その存在は常に人間のためにある。  フロアの通路に小さなキーホルダーが落ちているのを、その場に配置された一人の掃除ロボットが見つけた。PG12417型、通称マルだ。単位は一人だが、最新型の人型ではない。120センチほどの身長は人間でいえば小さな子どもくらい。直径は50センチほどあり、コロンと丸みを帯びた白いボディは愛嬌があるが、よく見ればいくつもの小さな傷がついていて、どこか薄汚れたような一昔前の印象がある。目のあたりは黒い硬質ガラスで覆われていて、奥にあるレンズが目の役割を果たすが、その表情は無機質だ。胸のあたりに小さなライトがついていて、そのときどきの感情に合わせて色が変化するらしい。――らしいというのは、ロボットには感情はないと考えられているからだ。人間にとってロボットはただの便利な道具にすぎず、感情があるとは誰も考えない。胸のライトはその昔、ロボットが人間社会に出始めたころ、このロボットは人間に危害を加えるものではないですよとアピールするためにつけられたという。平常時は白から青、稀に危険を知らせるときには赤色に変化するとあるが、もはや誰もその存在を気にするものなどいない。影の存在である彼らは、その場にあってもいないのと同然だからだ。  そのとき、さきほどの掃除ロボットの胸のライトが、ぴろぴろと白く点滅した。その場にいる人の邪魔にならないよう、掃除ロボットは滑るようにフロアを移動すると、キーホルダーが落ちている場所に近づく。  可愛らしいキーホルダーだった。擬人化されたクマの女の子がデザインされている。普段は白いボディの中にしまわれているアームが、ジジジ、と微かな音をたてて伸びた。その手がキーホルダーを拾う。この落とし主は、大切なキーホルダーを落として悲しんではいないだろうか。

ともだちにシェアしよう!