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第3話

「ああ? バカにしてんのか、てめえ!」 「いいえ。バカになどしていません」 「だからその態度がむかつくんだよ!」  自分の言動が男を怒らせているのはわかったが、掃除ロボットはどうすればいいのかわからなかった。こんなときの対処法はプログラミングされていない。 「私では話にならないようなので、対処できる者に連絡いたします」  内部に埋め込まれている通信機器を使って、掃除ロボットは管理者に連絡を入れようとした。 「てめえ! 逃げるつもりかよ!」  アームを掴まれ、力ずくで後ろに捻り上げられた。無理な負荷がかかって、アームの金属部分がギイギイとおかしな音をたてる。 「やめてください。お願いします」 「ああ? この手を離してください、お願いしますだろ?」  男の声に、弱者をいたぶるのを楽しむ響きが混じった。ロボットはどんなときでも人間を傷つけることはできない。それはたとえ自分が危害を加えられるような場面でもだ。 「手を離してください。お願いします」  男の手から逃れようと、足元のローラーが空回りする。そのときだった。 「弱いものいじめをして楽しいか」  拘束されていた腕がふっと軽くなる。見れば、白いパンツの男は少し前に自分が掃除ロボットにしていたのと同じ格好を、突然現れた第三者によって取らされているのだった。 「いきなり何すんだよ、お前誰だ!? 手を離せ!」  白いパンツの男は、男の拘束から逃れると、掴まれていた手首をさすった。と、次の瞬間、白いパンツの男が目の前の男に殴りかかる。始めからその行動を予測していたように、男は背負っていた荷物を足下に落とすと、自分に向かってくる相手の拳を難なく避けた。男は白いパンツの男の手を捕らえると、再び後ろに捻り上げていた。 「痛ぇ、痛ぇっ! 離せよっ!」 「離したらまた殴りかかってくるだろうが」  男はこういう場面に慣れているように見えた。体格差はほとんどないのに、男は黒いコートのポケットに片手を入れたまま、もう片方の手では相手の腕を捻り上げている。 「おい、お前。大丈夫か」  こちらを見る男と目が合ったとき、掃除ロボットの記憶にある光景が蘇った。  あ……っ。  掃除ロボットは瞬きした。一瞬目の前にいる男との間に、一面の青い花が咲き誇る幻を見た気がしたのだ。もちろん、ここはモール内で、花など咲いているはずがない。  掃除ロボットの胸のライトが、知らずのうちにぴろぴろと点滅する。掃除ロボットは首を傾げた。一体どうしたというのだろう。それは不具合が起きたとしか考えられなかった。なぜだか胸の奥がおかしい。自分は機械だから何かを感じることなどないはずなのに、まるで人間と一緒で感情があるみたいに、胸の中に仄かな明かりが灯ったようにそわそわして落ち着かない。

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