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第9話

「あほらし。わざわざここまで足を運んでばかみたい」  背を向けてヴィオラが歩き出す。もはや掃除ロボットの存在などないもののように。その足を止める言葉を、掃除ロボットは持たなかった。 「……教えてほしかったからです。私があの人を思うときに、身体に起こる異常の訳を。なぜあの人だけが特別なのか。その理由を、あなたなら答えてくれると思ったから……」  私は本当に壊れているのか。  掃除ロボットはうなだれたまま、元きた道を戻ろうとした。 「待てよ」  ヴィオラが足を止め、あの透き通る眼差しで見た。  入り組んだ路地を何度も曲がる。前をゆくヴィオラの歩みに迷いはなかった。割れた酒瓶の欠片や、吐瀉物の跡。夜なのに、干したままの洗濯物が窓から垂れ下がっていた。取り込まなくて大丈夫なのだろうかと、掃除ロボットは首を傾げた。ぼやぼやすんな、という声が飛んできて、掃除ロボットは慌ててヴィオラの後を追う。  ヴィオラが向かった先は、路地裏にある雑居ビルの一室だった。錆の浮いた鉄扉をノックすると、薄く扉が開き、部屋の明かりが漏れた。現れたのは、三十代くらいの青白い男だ。何日も洗ってないような髪は油染みていて、痩せた身体は充分な食事を摂っていないようだった。男は落ち着かないようすで周囲に視線を走らせると、ヴィオラから掃除ロボットに視線を移し、「そいつか?」と訊ねた。ヴィオラが肩を竦める。 「わざわざこんな旧式と代わりたいって気持ち、俺にはわからんね」 「あんたには関係ない」 「ま、それもそうだ」  男の部屋は、お世辞にもきれいとは言い難かった。そこら中に人工甘味料入りのソーダの空き缶やチップの袋が散らばっている。部屋のどこからか、ブーンというモーター音が聞こえた。建て付けの悪い上げ窓の隙間から、夜風が入り込んでいる。じろじろと無遠慮に部屋の中を見るヴィオラに構わず、男はキーボードを叩いている。そのとき、どこからか入り込んできた黒猫が、掃除ロボットの足元に身体を擦りつけた。艶やかな黒い毛並みに、金色の瞳、胸のあたりにある毛が一部だけ白い。愛玩用の人工猫だ。怖がらせないよう、アームを伸ばして頭を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細め、甘えるようにみゃあうと鳴いた。……かわいい。掃除ロボットの胸のライトが点滅する。 「できたぞ」  男の手には、コードのようなものが握られていた。コードの先は、何かの機械に繋がれている。

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