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第26話
崇嗣さんはそれには答えず、何かを考えるような眼差しを向けた。
「元の場所に戻りたいか?」
マルは頭を振った。自分が崇嗣さんの言いつけを破ってしまったことは事実だ。だけどこの場所にいたい。崇嗣さんのそばにいたい。
「二度とあなたの命令に背いたりはしません。ですから、お願いです」
――あなたのそばにいさせてください。
最後の言葉は、怖くて口にできなかった。本当だったら、命令に背いたロボットなど、すぐに見放されても仕方がない。
カップを持つ手が震える。いま崇嗣さんはどんな顔で自分を見ているのだろうか。マルはうつむいたまま、崇嗣さんの顔を見ることができなかった。
零すぞ、という声がして、いつの間にかすぐ近くにいた崇嗣さんがマルの手からコーヒーカップを抜き取った。その手がマルの顎に触れ、顔を上げさせた。
「勘違いするな。別に怒っているわけじゃない。命令とも違う。ただ、どうしたものかと考えているんだ」
自分を見る崇嗣さんは、笑みをつくるのを失敗したような、なぜか困った顔をしていた。それでいてやさしい目をしている。
「一日中この部屋にいるのが退屈なのはわかる。ただ俺の仕事上、どうしても危険は伴う。何か遭ったときそばにいたら守ってやることはできる。だが、もしお前一人のときだったら……」
最後まで待たず、マルは背中を向けた崇嗣さんにどんっとしがみついた。
「やっ、嫌です! お願いですから、ここにいさせてください!」
「マル……?」
突然のマルの激昂に、崇嗣さんが驚いたような顔をしている。胸の中で激しく荒れ狂う感情を、マルは自分でもどうすることもできなかった。
「いきなりどうした? マル?」
頬を強ばらせ、縋りつくような眼差しを向けるマルの肩を崇嗣さんが抱く。マルは凍りついた瞳で崇嗣さんを見つめながら、ごめんなさい、と繰り返した。
「退屈なんかじゃありません。ここにいたいです。……ただ、できることなら、私も何かあなたを手伝えたらと思ったのです……!」
自分などもういらない、必要ないと言われても仕方がなかった。自分は崇嗣さんにとって何ひとつ役には立っておらず、荷物でしかない。それなのに、ただのロボットにすぎない自分のことをそんなふうに言ってくれるなんて思いもよらず、マルはこみ上げる思いをぐっと飲み込んだ。
ソファに並んで腰を下ろすと、崇嗣さんはマルの気持ちが落ち着くまで待っていてくれた。やがて、何かを思いついたように、「そうか、お前だとわからなければいいんだな」と立ち上がる。
「待ってろ」
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