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第29話
「きょうの午後、出掛けられるか?」
「はい。大丈夫です。問題ありません」
朝食後、崇嗣さんに訊ねられたマルは頷いた。
「中央ターミナル駅の広場に、移動遊園地がきている。観覧車や、ジェットコースターまであるそうだ」
フードを深く被り、てんとう虫型の投影機を襟につけたマルは、崇嗣さんの言葉を聞いてぎょっとした。
「私もいって大丈夫でしょうか?」
昔、マルのいたモールも近い中央ターミナル駅へ近づくのは、ヴィオラと身体を交換して以来初めてだ。さすがにばれやしないだろうか。マルの不安な気持ちを見透かしたように、崇嗣さんはフードに覆われた顔をのぞき込むと、「誰もお前だとは気づかないから大丈夫だ」と答えた。
日が暮れ始めた移動遊園地は多くの人で賑わっていた。夜空にきらめく観覧車や、大きな音を立てて落ちるジェットコースター。楽しそうな音楽を奏でながら回るメリーゴーランドに目を奪われたマルは、顔の何倍もありそうなピンク色の綿菓子を持った人にぶつかりそうになり、慌てて頭を下げた。
「ここで取引相手の人と会うのですか?」
困惑気味のマルの質問には答えず、崇嗣さんは屋台売りの使役ロボットにコインを渡すと、先ほどすれ違った人が持っていたのと同じ綿菓子を受け取った。
「ほら」
買ったばかりの綿菓子の棒を差し出されて、マルは戸惑った。
「あの……?」
「きょうは仕事できたんじゃない。ただのプライベートだ。たまにはそんな時間があってもいいだろう?」
「え……っ」
驚くマルの手に崇嗣さんは綿菓子の棒を握らせると、摘んだ綿菓子をマルの口に入れた。
「どうだ、うまいか?」
「すごい! 甘いです! 口の中で一瞬で溶けてしまいました!」
目を丸くさせ、興奮したように素直な感想を述べるマルに、崇嗣さんはふっと目元をゆるめて笑った。
「さあ、どれから乗るかな」
空いたほうのマルの手を掴み、崇嗣さんが乗り物のほうへと向かう。マルは驚いたように崇嗣さんの横顔を見上げると、すぐに下を向いた。なんだか胸がどきどきして止まらない。すぐに不具合を起こした前の身体とは違って、いまの身体は丈夫なはずなのに、なぜだか恥ずかしくて、崇嗣さんの顔を見ることができない。
いつの間にか、あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。まるですべてが夢のようで、マルはぼんやりしてしまう。
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