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第30話

「疲れたか?」  崇嗣さんの言葉に、マルは慌てて頭を振った。 「そんなことありません。大丈夫です!」  意気込んで否定したマルを、崇嗣さんがじっと見た。 「元気が出たようだな」  ――え? 「最近、ずっと元気がないような顔をしていただろう」 「もしかして、それでここに連れてきてくれたのですか? 私のために……?」  崇嗣さんはそうだとは答えずに目だけで笑うと、驚きのあまり言葉を発することもできないマルを近くのベンチに促した。自分はそのまま屋台に近づくと、販売用ロボットから買った飲み物を手に戻ってきた。 「ヴァンショーだ。温まるぞ」  崇嗣さんがくれたカップからは、オレンジやリンゴ、シナモンやナツメグなど、さまざまなスパイスの匂いがした。少しだけ昔話をしてもいいかと訊ねられ、マルは頷いた。 「昔、うちにPG12417型の掃除ロボットがいたんだ。何体もいた使役ロボットのうちのひとつで、機能の違いこそあれ、そのときの俺はそれぞれのロボットに違いがあるなんて考えてもみなかった。でも、あるとき、そのロボットが一人でいるのを偶然見たんだ。そいつは、室内に迷い込んだてんとう虫を外に逃がそうとしていた。感情がないはずのロボットがまるで人間のように見えて、奇妙に思いつつも、その姿が妙に印象に残った」  崇嗣さんが話をしているロボットの正体がわかり、マルは顔色を変えた。蒼白な顔でうつむいたまま、手元のカップを握りしめる。 「普段はほかのやつと変わらない、当たり前のようにその場にいて、仕事をしている。でもふと気がつくと、そいつはそこらへんに咲いている花や虫を見つけるたびに、胸のライトがうれしそうにぴろぴろと点滅しているんだ。それを見ていると、ロボットに感情がないなんて思えなくなった」  崇嗣さんはカップに口をつけると、ふっと息を吐いた。濃紺の空に、崇嗣さんの吐いた白い息が吸い込まれるように消える。 「……それから、どうなったのですか?」  声が震えたことに崇嗣さんは気づかなかっただろうか。マルの思いが通じたように、崇嗣さんは変わらぬようすで言葉を続けた。 「あるとき、そのロボットが人間から虐げられている現場に出くわした。ひどい目に遭わされたのは間違いないのに、何でもない顔をして、私は大丈夫です、助けていただきありがとうございますって言うんだ。胸のライトをうれしそうに点滅させて……。ロボットを虐待しても、それはただの器物破損にしかならない。虐待したやつは解雇されたが、その後、いつの間にかそのロボットも新しいロボットに交換されて、いなくなっていた。あのロボットが、その後どうなったのかはわからない。本気で探そうとすれば探せないこともなかったのに、俺は何もしなかった」  マルははっとしたように、崇嗣さんの顔を見上げた。その声に、苦い後悔のようなものが感じられたからだ。崇嗣さんの瞳には、自分を責めるような痛みが浮かんでいた。

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