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第32話
ずっと夢を見ているようだった。鼓動が壊れそうなほど、どきどきしている。
崇嗣さんは家に戻ると、マルを寝室へと連れていった。天窓から月明かりが漏れる部屋で、ベッドの端に腰を下ろしたマルに、崇嗣さんは触れるだけのキスをした。
「……んっ」
目を開けると、やさしく自分を見つめる崇嗣さんと目が合って、胸がとくとくと鳴った。
「お前を抱いてもいいか?」
じわりと頬が熱くなる。マルは唇を噛みしめると、緊張した面もちでこくりと頷いた。
「好き、好きです――」
崇嗣さんの首に腕を回すように、ぎゅっとしがみついたマルの眦から涙が伝い落ちる。
目を閉じて、唇を合わせる。自分の舌が崇嗣さんの舌に触れた瞬間、ぞくぞくっと快感に震えた。普段は隠されて見えないスイッチを押されたみたいに、幸福な何かが染み出るように胸の中を満たす。熱い舌で口蓋部分をくすぐるように撫でられ、マルは首を竦めた。喘ぐように必死に息継ぎをしようとした唇を、再び崇嗣さんの唇に捕らえられる。崇嗣さんのキスは、マルのすべてを奪うかのように激しく、そのくせ自分に触れる手は泣きたくなるほどにやさしかった。ようやく口づけを解いた後、マルは崇嗣さんに見惚れるようにぼうっとなった。コートやシャツを脱がされ、そっとベッドに横たえられる。瞬きも忘れて、じっと崇嗣さんの姿を追うマルに、崇嗣さんはあの胸がぎゅっとなる顔で微笑むと、腰を屈めキスを落とした。着ている上衣を脱ぎ、床に落とす。鍛え上げられたしなやかな肉体が月明かりに浮かび上がる。暴漢に襲われているのを助けてくれたとき、まるで鳥が舞い降りたのかと思ったその手が、身体が、やさしくマルに触れる。
「なぜ泣いている」
崇嗣さんの指が、マルの眦を拭った。
「夢みたいで……」
幸せで、幸せで、すべてが夢のようで信じられなくて――。
答えたマルの唇を崇嗣さんが塞ぐように再び口づける。
「夢じゃない。現実だ」
「あ……んっ」
熱い身体に抱きしめられ、跡が残るくらいにきつく首筋を吸われた。鳥肌が立つほど、マルの全身が快感で粟立つ。
初めて崇嗣さんに触れられたとき、マルは泣きたいほどのうれしさと共に、恐ろしかった。自分がどこか知らない場所へ連れていかれる気がしたから。けれどいまこの身体は、崇嗣さんが触れるたびに、全身で持ってすべてを受け入れようとする。怖いことなど何もない。あるのはこれまで感じたことがないほどの快感と、圧倒的な多幸感だ。そして、この身体に刻まれた記憶は、明らかに快楽を知っている。マルがこれまで経験したことのない、ヴィオラの肉体を通して。
そっと手を伸ばし、崇嗣さんの胸に触れる。口づけ、少しだけ汗の味がする肌を舐めると、硬く引き締まった崇嗣さんの腹筋がぴくりと震えた。そのまま頭を下げるように唇を落としてゆく。臍の部分に舌を差し込み、ぐるりと舐めると、崇嗣さんの腹筋がますますぴくぴくっとした。うれしい。
「こら、悪戯をするな」
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