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第3話 目を隠して分かったもの
「かず」
「んー? 何、えーき」
声をかけたら、予想していたとおりに振り向いた。
目元はよく見えないけれど、口元が弧を描いているから、多分笑顔。
その“多分”の笑顔がムカついた。
「膝」
「ん?」
「貸せ」
「何? えーき、猫みたいだな」
強引に隣に寝ころんで膝に頭を乗せたら、万葉はそれはそれは楽しそうに声をあげて笑う。
下から見上げたら、普段は隠れている顔を見ることができた。
ああ、ほら。
思っていたとおりの優しい笑顔。
「えーきはジジ臭いって言うけど、日向ぼっこも、結構気持ちいいだろ?」
「ああ」
日溜まりの中で笑いながら、万葉は俺の髪を触る。
撫でるのではなく、グルーミングするように髪の間に指を通していく。
情事の後、甘えてきている時にみせる、いつもの万葉のやり方で。
思ったよりも陽射しがまぶしくて俺は目を閉じる。
少しだけ体を動かして、万葉が俺の顔に直に当たる日を遮ったのが分かった。
瞼を閉じても目の奥に感じる光と、皮膚に感じる熱。
視界がなくなって音が近く感じる。
「えーき」
「ん?」
「いくら気持ちよくても、寝るなよ? 風邪ひくぞ」
「んー」
「えーき……だめだって」
寝るなよ、と、俺の頭を膝の上にのせたまま、繰り返し万葉は俺に声をかける。
「いや、寝そう……マジで気持ちい」
「だめだ」
「寝る」
「えーき……こら」
「やだ」
ちゅ。
膝の上で向きを変えて寝る態勢に入ろうとしたら、耳元でリップ音がなった。
「何?」
「目覚まし」
「マジか」
「マジ。ここで寝ちゃ駄目だって。窓も開いてるし、日が陰ったら冷えてくるから」
それでも目を開けずにいたら、今度は額に、柔らかい感触があった。
ちゅ、と同時に音が鳴る。
おーきーろー、と歌うように言いながら、額とこめかみに繰り返し触れられる唇。
ああ、全くもう。
勢いをつけてがばっと起きあがり、乱暴だと叱られてもしょうがないくらいの勢いで窓を閉めて、万葉の手を引き立ち上がらせる。
「えーき?」
「おきた」
抱き寄せるついでに股間をすりつけたら、眼鏡の奥の目が丸くなった。
「起きたので、責任をとってください」
「俺が起こしたのは、そっちじゃない!」
「寝た子を起こす奴が悪い」
「嘘、マジ? まだこんな日が高いのに? ちょ、待って。待てって。えーき……永喜さん?」
「黙れ」
「ん…ぅん……ぅあ」
手探りでカーテンを引きながら、唇をふさぐ。
喉の奥で甘えるような声がする。
もっと深く唇を貪ろうとしたら邪魔だった。
「眼鏡……」
「ん……」
「邪魔」
「え、あ、やだ…ちょっとまっ……」
キスをほどいて眼鏡を外そうとしたら、身をよじって逃げられた。
ベッド……はこの家にはないから、万葉との行為は布団でいたすことが多いけど、その時にも嫌がられた。
数少ない情事の時にも、万葉は眼鏡をかけていた。
明るいところで顔を見られるのがいやなんだと、万葉はうそぶく。
俺の顔が見えないのも嫌だと、そう言っていた。
けど、違うだろうって、俺は予想してる。
「や……顔、見えるから」
そう言ってやけに必死な様子で眼鏡を押さえる。
顔を隠す仕草をするのではなくて、必死な様子で眼鏡をかけたままでいようとする。
ああ。
何だそういうことかって、その仕草を見て納得した。
そして急にわかった。
わかってしまった。
これだ。
ずっと感じていた違和感。
どうにかしたくてどうにもできなかったもの。
万葉は、俺に素顔を見られるのを嫌がっているんだ、と思っていた。
違う。
眼鏡をかけていたいんだ。
俺が、眼鏡をかけている万葉を見て、初恋の人の名を呼んだから。
不便なのに眼鏡をかけようとしない万葉を見て、『眼鏡の君が好き』だと言ったから。
万葉は俺を信じていない。
ちゃんと伝えたのに。
『今、目の前にいる万葉が好きだ』
そう言ったはずなのに、眼鏡をかけた万葉の顔が好きなんだと思いこんでいるんだ。
「わかった」
ため息を付いて、万葉の鼻にキスをひとつ。
わかった。
お前が気にしていること。
俺がしてしまったこと。
長く付き合おうと思うなら、改善しなくちゃいけないこと。
「えーき?」
「じゃあ、我慢する」
「え?」
「無理強いしたいわけじゃないから、その気になれないなら、また今度な」
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