「お前昨日どこで遊んでたんだよ。俺、電話したのに電源切ってたろ」 　月曜日の朝、会社にいくといきなり大野に絡まれた。そもそも週末に大野から電話ももらったことなど過去一度もない。何の要件だったのか。 　「ああ、そう言えば。電源切ったままだ」 　慌ててカバンの中の携帯を探す。 　「何時代だよ。ってかお前、携帯の意味ないだろ。携帯ってどこでも通じるもんじゃね？」 　「見合いだったんだよ、携帯鳴らすわけにはいかないだろ。」 　「え？お前が？へえ……、見合いねえ。難攻不落じゃなかったのか」 　「なんだその難攻不落って」 　「いつも女子からの誘い断るので有名。遠恋だとか、不倫だとかいろいろ噂立ってるぞ」 　「本社採用の女性なんて、出向社員には興味ないんじゃないの」 　「何言ってんのよ。お前、結構評判いいの知らないの。まあ、そんなことはどうでもいいや。なんだ、見合いか。そうだったのか。欠員出たから合コンに誘おうと思って連絡したんだけど、連絡ついても無駄だったな」 　要件って仕事じゃないのか。まあ、仕事の連絡がこいつからあったほうが驚きだが。 　「で、上手くいったの？その合コンとやら」 　「尾上の一人勝ち、失敗したなあいつ連れてったの」 　「え……？そうた、あ。尾上を連れてったんだ」 　「だってお前は連絡つかなかったろ。同期で仲のいいやつはもうメンバーに入ってたし。急だったし」 　奏太が合コンに出かけたんだ。なんで……。いや、俺には関係ない、俺には関係ないはず。関係は……。 　「……ってさあ。木村？？」 　「え？あ、何？」 　「お前人の話聞いてなかっただろ。だから、尾上に一番可愛い子お持ち帰りされて終わりよ」 　「え……」 　奏太が、何をしようと俺には関係ない。関係ないはずなのに。喉が渇いて張り付くような感覚がある。 　「お前、何とか言えよ。少しは慰めてよ。結局、秘書課の女子も尾上狙いだったし。なんで尾上誘ったかなあ」 　「そう、それは良かった」 　「は？お前、俺の話聞いてた？どこが良かったんだよ、あいつの一人勝ちって話だろ」 　「ああ、悪い……ご愁傷様、悪いちょっと頭痛いから薬飲んでくる」 　文句を言う大野を残して、カバンから頭痛薬を取り出す。呼吸も苦しい、大丈夫じゃないな俺。 　その日は、一日頭に靄がかかったような気分で過ごした。見合疲れかと大野が騒ぎだし、課長にも苦笑いされる始末だった。 　終業時間に携帯の着信を確認する、当然…奏太からの連絡はない。 　家に帰りつくまで同じことをぐるぐると考えていた。ようやくアパートのドアの前までついたのに鍵を開けることもせず、今来た道を引き返そうかとさえ思ってしまう。 　奏太が何をしようと自由だ、俺だって。俺だって……。もしかして妬いているのか？誰に対して？何のために？今更だ、奏太と再開した時に素直に受け入れられなかったのに。 　そもそも俺はなぜ奏太が俺の元に帰ってきたと、素直に喜べなかったんだろう。ぐるぐると思考が頭を駆け巡る。このままだとどんどんマイナス方向へと落ちていきそうだ。 　思い切って携帯の番号を押す、ワンコールで聴き慣れた声がした。 　「瑞樹？どうしたの、何かあった？」 　ああ、奏太の声だ。安心する、ほかの誰にもこの心地よさはない。そう、奏太なんだ。 　「いや、どうもしない。ちょっと声が聞きたかっただけ」 　素直に自分の気持ちが伝えられた。そう。声が聞きたかった。ただ側に寄り添っていて欲しい。 　「奏太、会いたい……」 　そう言うと、ぷつっと電話が切れた。 　だよな、俺は何を言っているんだろう。迷惑なはずだ、そもそも会ってどうするつもりだったんだ。合コンのことを聞き出す、お見合いの話をする？どちらも最悪のシナリオだ。 　切れた携帯の黒い画面を見つめると、諦めてアパートの鍵を開けた。