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第29話 信じて待つ
確かに結婚すると言った。けれど……日曜日と今では自分の置かれている状況が違う。
今焦っても何かできるものでもない、とにかく会って話をしなくてはいけない。それまでは普通にきちんと仕事をこなすのが優先。
その日の夕方、奏太から連絡が入った「平日は忙しいだろうけれど、食事くらいたまには一緒にしたいね」それだけの短いメッセージ、いつどこでとも書かれていない。
「忙しいけれど、水曜日ならノー残業デーだと課長が騒ぎ始めたから、帰ろうと思えば6時過ぎには帰れるよ」そう返す。
送信ボタンを押した数秒後に「じゃあ、水曜日の6時半にロビーで」と、折り返しメッセージが届く。本当に奏太が俺と少しずつ距離を縮めようと努力してくれているのだと嬉しくなる。
きちんと、母親にも真田さんにも結婚のことは話をしなくてはいけないと改めて思う。別に奏太に話す必要はないが。今週末、実家に帰ってきちんと話す、そう誓う。
奏太と水曜日の夜、二人で食事をして……それから……。
二人で過ごす時間が待ち遠しいい。これで、きっと全てが上手くいく。
……上手くいくはずだった、水曜日の朝が来るまでは。
「……ら……き・む・ら!」
肩を掴まれて大野が自分を呼んでいたのに気がついた。
「あ、ごめん。どうした?」
「さっきから尾上が待ってる」
大野が指さした先にいたのは、奏太だった。
「おはようございます、木村さん。確認したい事があるのですが少しお時間いいですか?」
「そう……尾上さん?何か書類に不備でもありました?」
「いえ、あの為替予約の件で確認したいことがありまして。少しお時間頂けますか?」
「え?あ、為替予約……?」
直近の契約は円建てで、米ドル決済ではない。何の確認だと問うと、奏太は会議室を指さした。
「あそこの会議室、空いていますか?」
「ん?あ、ああ。大丈夫だと……課長、第三会議室少し使います」
契約ファイルを確認して棚から引き出すと、会議室に向かった。奏太はドアを後ろ手に閉めると俺の方に顔を向けた。
「奏太、仕事でこっちへ来ることもあるんだな。驚いたよ。でも為替って、直近のドル建ての契約だよな?」
「さっきのは口実。こうでもしないと会社で瑞樹と話なんてできないし。でも今日の夜まで放っておけないし。お互いに後で嫌な思いをするのは良くないから」
会社で仕事中にでも話さなくていけない事?もしかして、どこからか見合いのけんが奏太の耳にはいったのか。それ以外思い当たらない。でも何故、今?
「ごめん、瑞樹……」
突然、奏太が誤ってきた。え?何を謝っているんだ?俺が謝る事はあっても奏太が俺に謝らなくてはならない事なんてあるはずもないのに。
「何があっても俺の事を信じてほしい。くわしい事は言えないけれど、例え誰から何を言われても。俺の瑞樹への気持ちには微塵も嘘はないから」
「何?奏太、何の事?」
「とにかく、俺の気持ちは真っ直ぐに瑞樹に向かっているから」
真剣な奏太の顔にどう返答していいのか。
「例え誰に何を言われてもって……?何が起きているんだ?奏太、今回は事情を話して頼ってくれ。俺ももう高校生のガキじゃない。何か俺に出来ることは?」
「俺の事を信じて待っていて、それだけ。それと今日の食事は行けなくなったごめん」
それだけ伝えると奏太は「失礼しました」と、会議室を後にした。
その奏太の様子がどうしても気になって今日の夜はダメでも明日は?とメールを入れた。
しかし、そのメールには返信が来なかった……。
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