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第30話 風雲急

 水曜日は、いつもの通りに仕事をこなす。仕事をいつもより早く終えて、会えないと奏太に言われたのに、それでもロビーでただ待つ。  7時まで待って諦めた。何度か電話を入れたが繋がらない。  もうどうしようもなく、いつもの電車で自宅へと戻った。   ……そして家に帰るとまた携帯を取り出した。  昨日のあいつはおかしかった。また奏太の番号を呼び出してみる、呼び出し音が鳴っているのは分かる。しかし奏太への電話は繋がる事は無かった。  「またなのか」思わず口をついて出た自分の言葉に驚愕する。……え?俺はまた奏太を失うと言う事なのだろうか。  何をする気にもなれず、TVをつけ缶ビールを冷蔵庫から取り出した。  帰りにコンビニで買った唐揚げをビールで流し込みながらテレビをただ見ていた。  「……製薬の元会長秘書が……捜査の手は……」どこかの企業の元従業員の使い込みだとか俺には全く関係のないニュースがテレビで流れている。  いつもある日常の光景だ、チャンネルを変えようと画面にリモコンを向けた。  ……その時、画面に映る初老の男性の顔に何故か見覚えがあるような気がした。  「権藤さん、秘書の長谷川さんの使い込みをご存知だったという噂がありますが……」  レポーターの質問に大仰に手を降って答えず、払いのけるその姿に妙な既視感がある。知り合いのはずはない。製薬会社など、取引外だ。  なのに何かが引っかかる。  ああ、この気持ち悪さには思い当たるところがある。夢の黒い霧の中にいる時の感覚だ。  まさか……まさかと思いつつも気持ち悪さはだんだんと増していく。もしかすると夢が見せていたものは、母親からのメールや電話じゃなかったのかもしれない。俺に急を告げていたのは何か違ったものだのか。  携帯を取り出すと、自分からはかけることは無いと思っていた番号を呼び出した。  「もしもし、大野?ごめん遅くに。違う、違う。飲みの誘いじゃない。お前さ、尾上の住んでる場所どこか知ってるか?……そうだよな。じゃあ、尾上ってさたしか誰かのコネ入社だったって言ってなかったっけ……え?違うよ。秘書課の子じゃない。……そうか…うん、ありがとう」  奏太は製薬会社のお偉いさんのコネで入社したと大野は言っていた。その時、古い記憶がバラバラと降り注ぐ大粒の雨のように落ちてきた。  奏太を偶然見つけたあのホテルで一緒にいた男。  奏太の頬を愛しそうに撫でた男。  一瞬だったが、強烈に俺の中に残った印象。間違いない。奏太は……奏太は今どこにいるんだ。  嫌な汗が背中を伝った。もう一度、奏太の番号を呼び出す。    誰も出ない。メッセージを預かると言うメッセージが無情に響いた。  「奏太!連絡をくれ、話がしたい。俺はお前が今どこにいるかさえ知らないんだ。頼むから……」  メッセージは残したが、その夜折り返しの電話がかかってくることはなかった。

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