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第32話 天岩戸

 「尾上様ですね、承知致しました。失礼ですがお客様のお名前をお伺いできますか?」  やはりここにいたのか。見つかって嬉しいのか、嬉しくないのか。あの男のことが関係しているという事は間違いないのだろう。  「会社の書類ですから、本人に渡してくれればわかります。失礼します」  呼び止めるフロントマンの声を背にフロントからすっと離れる。木の葉を隠す時は森の中。ここではスーツ姿の俺は紛れてしまえばもうわからないはず。  怪しい荷物じゃない、紙切れ一枚ならきっと奏太に届くはず。  フロント係が受話器を取り上げると誰かと話している。そのすぐあとに俺の渡した四つ折りの紙はベルボーイの手に渡った。    ベルボーイは渡された紙を持ってエレベーターに乗り込んだ。そのドアの閉まりかけたところに飛び乗る。  「何階ですか?」  「12階です」  既に点灯している12階の表示を見て答える。エレベーターを降りると携帯を確認するふりをしてホールに立ち止まった。  少し距離をとってベルボーイの後を追い、立ち止まった部屋の番号を確認してそのまま通り過ぎた。  1224と何回か頭の中で繰り返し。その先の自販機のコーナーへと滑り込んだ。  その空間で何度か深呼吸をし、そこで息を殺して待つ。永遠にも思える時間。まるで時計がその仕事を忘れて動いていないかのような時の流れに叫びだしそうになる。  「失礼します」  聞こえてきたその声を合図に今来た廊下を戻る、奏太の部屋は間違いなくここだ。  ドアをゆっくりとノックする。  「はい?」  ドアはなんのためらいもなく開かれた。  「え……どうして……」  ドアノブを掴むとぐいっと扉を押し込み、身体をその部屋の中にねじ込んだ。  「瑞樹……どうして……」  何も言わせないように、両腕の中にしっかりと囲い込む。そうすると奏太の身体から力が抜けた。  「良かった。俺、また同じ過ちを犯すのかと思ったよ」  「……」  「話してくれるよね、俺と奏太の間には埋めなきゃいけない溝があるんだ」  奏太は今にも泣きし出しそうな苦しそうな顔になった。

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