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第33話 溢水
奏太の体を部屋の奥へと押す。ごぽごぽと音がして、見えない水が部屋から押し出されたような錯覚に陥った。
部屋の空気が重さを持って押し戻してくるようだ。重たい空気の圧で押しつぶされるような気になった。……呼吸が苦しい。
何も言わずに奏太をベッドに座らせた。
正面に椅子を置き、その椅子に腰を掛けて奏太と向かい合った。奏太は目を合わせないように視線を逸らしている。瞳が不安定に揺れている。緊張しているのか、嘘をつこうとしているのか……。
ドアの隙間から二人の間にあった水の様な重たい空気が外へと流れて出て行った。肺胞がぽんと膨らんだようだ。
「何を聞いても驚かないから、話して」
「……何を…聞いても……って……」
「このホテルにいるのか、権藤って人」
その名前を出した途端に奏太の背筋がくっと伸びた。俺の目を覗き込むようにして表情から何かを読み取ろうとしているようだ。また足元から水が上がってくるような気分になる。奏太が殻に閉じこもる前にこじ開けないといけない。
実際、俺がどこまで知っているのかと疑っているのだろう。でも肝心なことは何も知らない。奏太から直接聞くことが大切。
「誰に…誰に聞いて……」
「誰に聞いたとか、聞かないとか関係ない。奏太の口できちんと説明して欲しい。俺はお前の言葉しか信じない」
奏太は凍りついたように動きを止めた。そして浅い呼吸を繰り返す。このままいつまでも時が流れるのかと思っていた時にプルルと部屋の電話が鳴った。
俺たちを包んでいた膜がぱんと弾けて、二人同時に振り返る。そして一瞬の間の後、奏太は受話器を取った。
「はい……いえ、一人ではありませんが……ええ、これからうかがいたいのですが……」
ことんと受話器を戻すと覚悟を決めたように大きく息を吸い込み、ゆっくりと長く息を吐いた。
「瑞樹、一緒に来てくれる?そうすれば何も隠せないから」
「もちろん、一緒に行くよ。ここまで来て帰るつもりはない、帰るときは一緒に帰ろう。もう二度と離さない」
「……聞きたくない話を聞くことになるかもしれないけれど」
「お前のことは全て知りたい、知らないことが不安なんだ。わだかまりを抱えたままじゃ先に進めなないんだ」
奏太は強く俺の手を握った、ようやく向き合えるチャンスをもらった。
「薄々気がついているんでしょう、俺が何をしてきたのか、俺は決して綺麗じゃない」
「お前は知らないだろうけれど、大学生の時の俺も相当なものだったけれどな。」
くすっと笑うと、奏太の肩から力が抜けた。
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