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第38話 雨雫
「……ん」
少しでも離れると追いかけるようについてくる。隙間ができないように身体を密着させてくる。着ている服さえ間にあるのがもどかしく、口付けながら服をずらして剥がしていく。
奏太の目が潤んでいる。自分に全く余裕がないことに驚く。繰り返される口づけに息が上がり、だんだんと溺れていく。頭の芯がくらくらする。
目の前にいるのは奏太なのかそれとも幻なのか。こんなに色を帯びた顔を見たことはなかった。
お互いの熱がお互いを高めて、どんどんと昇りつめていく。
「瑞樹……ここ何もない……俺のマンション来る?この近くなんだけれど」
今まで教えてもらえなかった、いや俺が聞こうとしなかった場所を示された。その選択肢は今までなかった。
「俺が……行っても良いの」
「一緒に帰って欲しい」
帰る先はどこでもない。最初の苦しい別れのあの日だ。
俺の手の中から滑り落ちてしまったあの日に帰るんだ。
「奏太、俺のところに真っ直ぐ帰ってくれれば良かったのに。遠回りしすぎだよ」
奏太が小さく笑った。
「少し迷子になっていただけ、ただいま瑞樹」
奏太は部屋から出ても手を繋いだまま離そうとしない。ちらりと繋いだ手を見ると奏太が心配そうな顔をした。
「いや?」
「嬉しいよ」
そう答えると奏太は少し下を向いた。そして一瞬きゅっと手に力を入れた。
タクシーで五分も走ると奏太のマンションについた。初めて入った奏太の部屋には生活感が全くなかった。
ドアを閉めると同時に奏太が噛み付くように口付けてきた。
枯れた大地に雨が降り注ぐように貪欲に愛情を求めて、凍りついた心臓を動かすように。俺を吸い込み貪り尽くし、自分の中に取り込もうとしているかのように。
それが嬉しくて速度のついた心音が呼応して、呼吸の速度も同じになる。小さな世界の中で俺は奏太と二人きり。他には誰もいない。
それでいい。それがいい。
だんだんと高くなる体温、速くなる心音、そして浅くなる息。痺れに似た感覚が思考を支配する。合わさる肌が粟立つ。少しでも離れると、そこが熱を感覚を失うようで怖い。
もつれるようにして床に転がった。
「奏太、ごめん。最初に謝っておく、俺余裕ない」
「俺も……余裕ないみたい。触れてほしくて、おかしくなりそう」
二人して顔を見合わせる。くすっと笑うとベッドへと転がり込んだ。
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