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第1話
最近、校内がどうにも騒がしい。
その理由はただ一つ、とある噂のせいだ。
我が校の水泳部エースに纏わりつく他校生が居る――ということだ。
「私、あれは絶対に出来ていると思ってる」
放課後の教室で、日誌を書きながらキラリと眼鏡を光らせたのはクラス委員長で親友のモブ実だ。
私は彼女の言葉に盛大な溜息を吐き出し、この女――いや、友人が言おうとしている言葉を言わせてたまるかと否定する。
女が星の数ほどいるというのに、何が悲しくて青春真っ只中の今、リアルBLの話を聞かされなくてはならないか。
「噂の子でしょ。女の子かもしれないじゃない」
「いや、違う。あれは絶対あの男子のことだと思う」
「だからって、リアルBLには「でも、絶対怪しいんだって!!!」」
食い気味で被せて来るのはやめてほしい。モブ実の勢いに、溜息が止まらない。
ついでに言えば日誌を投げ出して人の肩をガクガクと揺さぶってくるものだから目が回りそうだ。
それでも、どうしても彼女の主張に納得がいかない。
だって、その噂の人物。我が校の水泳部エースは学校随一のイケメンと話題の男子生徒なのだから。
女の噂が沸いたっていいのに、真面目でストイックな彼にそんな浮いた話はなかった。
それなのにここにきて、沸いて出たゴシップがボーイズラブだなんて、昨今の流行りだからって納得しかねる。
私のそんな顔に不満たらたらなモブ実はなんとかして私を捻じ伏せ様と唐突にプレゼンを始めだした。
「だって、女っ気ないなーなんて思ってたらだよ?隣の進学校のブレザー男子と毎日帰ってるんだよ?これが怪しくないってどうして言えるの????」
「え?隣の???進学校の子だっけ?噂の子」
「そう!!!」
「単純に友達とかなんじゃないの? うちの学校ない、結構いるじゃん。部活の練習試合とかもよくしているし」
「そ、そうかもだけど~~!絶対に怪しいんだって」
そもそも、その噂の内容だって男子か女子か分からないのだ。ただ、我が校のエースが他校生と毎日仲睦まじく帰っているという、そんな噂なのだから。
それなのにこの友人はどうやら噂の現場を見たらしく、えらく興奮し、頼むから一緒にその光景をみてくれと言い出しているのだ。
私は彼女が書くのを放棄した日誌の空白を埋めながら好奇心と面倒臭さの狭間で頭を悩ませる。
別に、特別BLが好きなわけではない。だがしかし、幼馴染で親友に半ば無理矢理培わされたCPセンサーは割と優秀で。
それをもって見極めて欲しいと拝み倒され、結局放課後のカフェ代で手を打って付き合ってあげることにした。
もう間もなく部活が終わる。
だらだらと書いていた日誌を職員室に提出して昇降口に行けば、丁度良く噂のエースが下駄箱に来る時間とかち合うだろう。
モブ実は私の手の中から日誌を受け取り、最後の行を埋めると私の手を半ば引っ張る様にして職員室、それから昇降口へと向かった。
「てかさぁ、学校でそんな気配ないじゃん、彼。どう見てもモテ男子、リア充で女の子に不自由してませんって感じじゃん」
「青くんはそんなチャラくない」
「いや、うん、チャラくはないよ?むしろスポーツマンらしい紳士っていうか、イケメンすぎて困るっていうか」
「……なんだかんだ、好きだよね、アンタ」
「そりゃそうよ!身長は180は余裕であって、水泳部のエース。日焼けした肌に、水泳で培われた綺麗な筋肉の逆三角形ボディ!でも脳筋じゃなくて、ちゃんと勉強もできるし、授業中の眼鏡姿はむしろ知的だし?クールそうにみえて人懐っこくて笑顔が子犬みたいとかたまらんくない?」
「早口で語らないでよ。まぁ、分からなくはないけど。短めの清涼感あるショートカットとか、学ランのしたに時々着ている赤っぽいオレンジのセーターとかもオシャレでセンス良いよね」
「そう、そうなのよ。そんな男子にキュンとしないほうがおかしくない?私達青春真っ盛りだよ?女として枯れてない?」
モブ実につい、熱くなってしまった。彼女の言い分に納得しきれないのは私自身が噂の彼、青くんこと晴空 あお くんのファンの一人なのだからだろう。
「太陽みたいな可愛い系男子と思いきや高身長スタイル抜群、スポ薦なのに勉強も出来ちゃうハイスぺ男子。女子としてキュンとしてしまうのは分かるけど、私としてはやんちゃ系受けか、子犬系攻めかでしかなやめないね」
「だから、アンタはすぐにそっちに持って行く」
「これはもうしょうがない、諦めて。てか、どこの馬の骨ともわからん女に食われてるより、可愛い男が側に居る方がまだ精神衛生によくない?」
ドヤ顔でいわれ、胸にストレートに突き刺さる。恋愛感情を持ってみているわけではないが、それでも自分と同一の性別のパートナーがいるとなったら、まぁ、心が穏やかでない自信はある。それだったらモブ実の言う通り、よほど相手が男の方がまだ精神的に落ち着いていられるかもしれな……いや、どっちにしろだめだろう。
彼女の言葉にうっかり納得しかけて反論しようとしてが、その言葉は「来た!」という彼女の言葉にぐっと飲み込んだ。
下駄箱の影からそっと様子を伺う。
髪が少し濡れている。ズボンの片足を捲っては履いて、上履きのかかとを潰して吐いている姿は普通の男子高校生と変わらない。そんな彼が、靴を履き替えながらスマホを見て、フッと頬を緩めた。
なんだ、彼女か?なんて一緒に下駄箱に来たチームメイトに揶揄われて「ちげーよ」と笑い返している姿は最高に可愛い。
「あ、もしかして例の花ちゃん?」
「そぉ」
不意に問いかけられた言葉に青くんが照れたように短く返す。
「仲いいよなー、お前ら」
「まぁ、家となりだからなぁ。ガキのころからの腐れ縁っていうか」
「あんなハイスペック側にいるなんて羨ましいわぁ。イケメンはイケメンを呼ぶってか?」
「なんだそれ」
ケラケラと笑いながら靴を履き終えた彼等は下駄箱から出ていく。
相変わらずチームメイトは噂の他校生について青くんに根掘り葉掘り問いかけている。
「お前の弁当、いつも花ちゃん特製だろ?」
「あーまぁ。俺もアイツも両親共働きで忙しいからなー」
「今度紹介しろよー。手料理食べたいなー。弁当美味そうなんだもん」
「……それは、ちょっと」
チームメイトの言葉に青くんが静かに渋る。ヤキモチか?と揶揄われ耳の縁をほんのりと赤くしながら違うからと笑う顔はどことなく恥ずかしそうだ。
となりでモブ実が「やきもち?え、やきもち????てか花ちゃん??名前可愛いぃ」と煩い。非常にうるさい。
だから私は冷静に現実をつきつけてやる。
「ねー、花っていうくらいだからやっぱ女の子じゃないの?」
「イケメンっていってた」
「……」
そうでした。ハイスペックのイケメンだって言われてたわ。私の方が現実を逃避していたらしい。
モブ実のドヤ顔が最高に腹が立つので、奢ってもらうカフェのメニューは一番高い奴にしようと決めた。
「そもそもリアルNLは私のような陰キャには地雷です。軽々しく口にしないで」
と鬼気迫る顔でいってくるモブ実に思わずごめんと謝った。
そのまま手を引かれ、なるべく影に隠れながら使づ離れず青くんの背後を歩けば、正門の前でブレザーにダッフルコートをきたスラリと背の高い男の子が少し寒そうにスマホを見つめながら正門前のガードレールに寄りかかる様に立っていた。
透けるような白い肌と淡い茶色の髪はまるで外国人のようだ。
下を向いていた顔が足音に反応するようにあげられる。長い睫毛で彩られた瞳もやっぱり色素が薄かった。
「ソラ~」
骨ばった長い指の手が、嬉しそうにひらりと振られる。その声に反応したようにさっきまでつるんでいたチームメートの輪から離れ、青くんは声を掛けた彼の方へと駆け寄っていった。
筋肉質で体格の良い青くんが正門の前にいた少年の前に立つと、背丈はあまり変わらないはずなのにすっぽりと隠れてしまって見えづらい。なんとか見える角度を探して、息を飲んだ。
「なにあれ、なにあれ!ハーフ???めっっちゃいい。物凄いタイプ」
「五月蠅い、今、アンタのタイプは聞いてない。重要なのはそこじゃないのよ!」
モブ実に突っ込まれて盗み見ている目的を思い出し、悲しくなる。あの美少年だけを見ていたい。思いを馳せていたい。
何がかなしてくてCP判定しなくてはならないのだ。嫌絶対CPじゃない。CPであってたまるか。
そう意気込む私の気持ちを1ミリも汲み取らないモブ実が肘で脇腹を突いて来る。
「ね、ね。ほらぁ、見てよ!どう見てもカレカノだって、あれは!」
視線を改めて二人に向け、思わずうぐっと息を飲んだ。イケメン×イケメンは正直……良い。モブ実ではないが、眼福だ。
モブ実に至っては涎が出てきたのか手の甲で口元を拭っている。
美少年くんは長い事待っていたのか、冷えていたようで青くんがそんな彼の頬を包むように触っている。
日焼けした男らしいゴツイ手が白い肌に映えて、妙に艶めかしく見えた。
「うわ、花~冷たい!先帰っててよかったのに」
「んー……どうせ、晩御飯一緒に食べるだろ?買い物、一緒に行こうかと思って」
ふわりと、春のように微笑む美少年にくらくらと眩暈がする。見ているこちらもつられて温かい気持ちになってしまうような
本当に柔らかく、可愛い微笑みだ。垂れ目がちな目元が微笑んだせいで優しく垂れているのがまたいい。
「荷物持ちさせる気だろ?」
「ふふ、正解。どーせ、ソラのが食べるんだからいいじゃん」
「それは否定できない。ならちゃっちゃと行こうぜ~」
青くんがこれまた太陽のよにピカピカの笑顔をうかべる。さりげなく、一緒にご飯を食べている情報をあたえられたモブ実はクリティカルヒットを喰らったようで、息をしているかも怪しい。
「てか、ソラ……そんな恰好で寒くないの?」
「鍛え方が違うからな」
「筋肉達磨~」
「うっせ!てか、おまっ、手もつめたぁ!!!」
さりげなく手を掴んでいる。モブ実は息をしていないようだ。コートをしっかり着こんでいる美少年に対し、水泳後なのに青くんは学ランにパーカー、脚まで出しているのだから心配するのも仕方がないだろう。そんなやり取りは正直友人のやりとりなのか、自信をもっていえない。
「僕は、ソラと違って燃えてないの。陽だまりくらいのあたたかさなんです~」
「ふはっ、なんだそれ。てか、ちゃんと中着てんの?」
「着こんでるよ。この間選んでもらったカーディガンをね」
「マッジ?おま、あのピンクの、あれマジで着てんの?」
「ちょ、笑う?似合うと思ってくれたんじゃないの?ちゃんと暖かいけど」
「う……ま、ぅん、似合う、と思ったから選んだけど」
「ふふっ、で?ソラは着てないの?僕が選んだセーター」
「……着てる」
今日は洗濯中で着ていないけど……とちょっと照れたように言う青くん。
まるで幼い子を見るように優しい顔をしてそんな青くんを見つめて居る美少年くんに心が浄化されそう。
隣のモブ実をみれば、いつのまにか道端のお地蔵さんを拝むおばあさんのように「尊い、尊い」と手を合わせていた。
しかし、ここまでの会話だとモブ実の言う通り友人以上――であるとほぼ確定ではないだろうか。
不本意だが、そう思わずに居られない。
「ねぇ、青くん攻めかな。そ、それともあの花くんだっけ?穏やかそうに見えて、実はド雄かな」
「……か、考えたくはないけど、私は青くんの方が左」
「ちゃかり決めてるじゃん!私はどっちも美味しい。リバ、リバありだな。ていうか、さ……ごはん一緒に食べるの?夕飯の買い出し???夫婦??高校生の癖に夫婦なの????てか、学校であんな青くんの顔みたことないんですけど???リラックスしまくる程の仲ですか?え?穏やかな顔もイケメンかっ!!!!!!」
うん、早口一息である。ついでに言えば――声がでかい。
私はだらだらと冷や汗をかく。さっきから突き刺さるものがあるのだ。そう――視線だ。
「モブ実、ばか、声で買い!!駄々洩れてるってば!」
「は、えっ!!!ぁっ!!!」
視線が突き刺さっていることにモブ実も気が付いたのだろう。僅か数秒顔を見合わせ、私達は失礼しましたと猛ダッシュでその場から距離を取った。
「ソラ?どしたの?友達?」
「んぁー……暗かったからよく見えなかったけど、クラス委員長?かな?たぶん」
「何か用事だったのかな?」
「あー……まぁ、うーん、気にすんな」
不思議そうな顔をしている美少年の頭を青くんがポンポンっと叩く。距離が離れたせいで声は聞こえなかったが、たぶん私達の話をしているのだろう。
相変わらず彼の視線は自分達を捕らえているが、その眼差しは美少年くんに向けるものとは違い少しばかり鋭い。
「ねぇ、見た?頭ポンポンしてる」
逃げながらも大興奮でガチ泣きしながら興奮しるモブ実に呆れて溜息が出る。
絶対に、突いたらいけないところを突いた。
明日、きっと青くんに一言釘をさされそうだと、到頭こちらに縋りついて泣いているモブ実の背を摩ってやりながら私はもう何度目かの溜息をついた。
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