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第2話

放課後の失態をしてから数日後、再び放課後の教室。 夕陽をバックにまた熱く語り出した親友のモブ実に私は頭を抱えた。 「ねぇ、あんた懲りてないの?」 「だって、だってぇ!青くんにまさかのやんちゃ受け属性付きそうで穏やかでいられないよ」 「……はぁ」 「いや、でも、もしかしたら総攻め?いやもうなんだか興奮して、どうしたらいいか分からない!!!」 モブ実の興奮っぷりに私の方がもうどうしたらいいか分からないと頭を抱える。 そんな私の悩みなど気にするそぶりもなく、モブ実は相変わらず勝手に語り出した。 「昨日、昨日ね、見ちゃったのよ」 そんな言い方をされれば「何を?」と問いかけずにはいられない。私の相槌にモブ実は嬉々として語り出した。 最近、転入してきた強面の転校生と青くん、それからあの美少年の彼が三つ巴なんじゃないかと。 「強面の転入生って、黒鉄君のこと?」 「そう!オッドアイが綺麗な、ちょっと強面の。青くんよりも身長高くて筋肉質な」 「いや、よく見てるね。えっと、その黒鉄君と例の二人が?」 モブ実の言葉に理解が出来なかった。青くんと黒鉄君はクラスメイトだから接点はある。だが、件の美少年くんと黒鉄君が積極的に絡むだろうか?なにせ黒鉄君はその顔立ちや風貌と反して物凄い大人しく、引っ込み思案で人見知りなのだ。 転校してすぐに青くんが声をかけ、面倒を見て貰っているような状態でクラスメイトとすらまだ交流もきちんと出来ていないのにいきなり他校生と交流を持つだろうか? 「黒鉄君が来てから青くんが面倒みているのかよく一緒にいる見かけるようになったでしょ?」 「そうだね」 「距離も近いし、あれ?あれれれー?と思ってたんだけど、昨日は帰りまで一緒で、そこにいつもの如く門の前に花くんが居てね」 「てか、もう花くん呼びしてるの……って、あんたまさか後付けたの?」 「……花くんがね、なんと、黒鉄君の頭を、よしよしって撫でたの」 「つけたんだな……って、え?頭をなでたの?あの黒鉄君の???」 色々注意しなくてはいけないことが多いが、最後の一言が衝撃すぎて全て吹っ飛んだ。あの美少年、花くんが黒鉄君の頭を? 天使は強面人見知りにも有効なのか? あまりのことに思わず口元を抑えた。 「その横でさ、青くんはすっごい当たり前のように夕ご飯のリクエストしててさ。青くん総受けかなって思ったのよ」 「その流れで、なんで青くんが総受けなの?花くんじゃなくて?」 私の疑問にモブ実はドヤ顔で「私、やんちゃ受け推しなので」と胸を張っている。貴方の性癖は聞いていない。 冷静を取り戻そうと、鞄に突っ込んでいたいたペットボトルのミルクティーをごくごくと喉を鳴らして飲みこんだ。 「そうしたらさぁ」 「まだあんの?」 「花くんの学校の後輩かな……めっちゃ可愛い系の子が走り寄ってきてね、三つ巴が四つ巴に」 興奮して鼻息が荒くなるモブ実を堂々と納めながら頭の中で無意識に相関図を描いていく。 モブ実のせいで無理矢理鍛えられたBL脳が反応してしまうのが恨めしい。 今の所、モブ実の中では青くんが総受け対象だという事らしい。個人的に、ちょっと納得がいかないけど。 「それでね、それでね、その後輩君がきてからどうなったと思う?」 「さぁ?どうなったの?」 「後輩君の髪の毛に、花くんが可愛いヘアピン付けたんだよ。クマだよ、クマ。可愛くない?やばくない?男子高校生が何もってんの????百合かな?って思ったの」 「BLで百合ってもう訳がわからない。てか、さっきまでモブ実の中で花くん攻めだったよね?忙しいな」 「やーだってね、その後輩君ってばめっちゃ生意気系でさー!可愛いのに。花くんが、優しい笑顔で似合うよって笑ってるのに当たり前でしょ?とかいっちゃってさー、それがもうなんていうかよくて!!!私の中で攻め様として急上昇したわけでして」 相変わらず、思いを語るときの早口といったらなんと流暢なことか。これはもはや属性的なチート能力かもしれない。 脳内の相関図に顔も知らない、可愛いけど生意気系後輩がひょっこりと加わる。 それから語られるさらなるエピソードを頭で整理していくうちに、やはり段々と混乱してきた。 「青くんを挟んで、黒鉄君と後輩君がわちゃわちゃしててね、その後ろを一歩遅れて花くんが歩いてたの」 「青くん、大人気だね。まぁ、人当りいいからね、彼。懐きやすそう」 「そうなのよねー!だからか、後を歩く花くんがなんていうかさぁ、切ない顔しててぇ」 いきなり涙目になるモブ実にギョッとしてハンカチを差し出す。落ち着いて、なんで、どうしたメンタルと戸惑う以上に、彼女の語り口の中で青くん総受けからいきなり青花になったCPチェンジした忙しさに頭が追い付かない。 「あのメンツなら、青くんと花くんが王道カプかなって。個人的には青黒青もそそるんだよね。筋肉攻め×クウォーター筋肉弱気受けからの、弱き攻め。まぁ、兎に角、なんだろ青くんがそのニューフェイスたちに懐かれている姿を花くんは笑いながら見ているんだけど、なんていうか、個人的には拗ねてるような顔っていうか」 「あー……青くんの隣は僕の特等席だったのに?的な?……妄想じゃない?」 「もうそうじゃないのよ、まさにそんな顔だったのよ」 モブ実の熱意に脳内が勝手にあの美少年の切ない顔を思い描く。 思わず、かの有名な司令官のように両膝を机につき、組んだ手に額を押し付けた。 「……想像したら可愛いしかなかった」 「でしょぉぉぉぉぉ!!!!!] 「あぁ、もう!アンタのせいで私の中で無自覚独占欲強め系男子だった青くんに無自覚タラシ属性ついた上に、花くんに健気受け属性ついたじゃん……くそ」 「んふふ、性癖ドンピシャだね♡」 「うわぁ、も、また鍛えられていく」 共に沼に沈もうぞと手を取って来るモブ実にいやだぁ、普通の女子高生するんだと嘆いてみるが、想像して完全に萌えてしまったので、もうどうしようもない。もっと健全な、健全な恋がしたかったはずなのに!!! 「健全に恋愛を見守ってるのよ、私達」 キラッキラな笑顔で心の中を呼んでくるモブ実にもはや何も言えなかった。 美味しいと思ってしまった自分は、もう大分抜けられない沼に脚を取られているのかもしれない。 「ほらほら~そんなアンタに好きそうなその後の話してあげるから」 「……なに、よ」 「そんな状態で花くんが歩いてたんだけど、黒鉄君がそれに気が付いたんだよね。で、ゆーっくりと歩調を遅くして花くんと並んでさ、ブレザーの裾をちょんって摘まんだのよ」 「え、あの黒鉄くんが???てか、え、花くんともうそんな親密、なの?」 想像して心臓が痛い。ギャップが凄い。モブ実もギャップ萌えがヤバかったと相変わらず興奮してる。 「そしたら黒鉄君に気が付いた花くんが、優しい顔で笑いながら『ソラと仲良くなって良かったね』って。でもそれがさー優しいんだけどもー切なくて、黒鉄君、わかっちゃったんだろうね。泣きそうな顔してぎゅーって花くんにしがみ付いてて」 「まって、まって情報量が急に増えた。なに、黒鉄君、ちょうイイコじゃん。てか、え、まって、黒鉄くんが花くんを?」 「抱きしめた」 「ひっ、ぇ」 想像して目の前がぐらぐらする。黒鉄くんの以外な優しさに胸が若干ときめいたけれどここにきて、まさかの青黒青じゃなくて、黒花黒になったと語るモブ実にその光景がリアルに想像できてしまった。 「しがみ付いてくる黒鉄君を花くんがあやすように撫でてあげたんだけど、その目線は前で楽しそうに話す後輩くんと青くんで――っていう」 「ああああ、まって、気になる。なにそれ、なにがどうなって、そんなことに」 「気になるでしょう? もう後付けてもしかたなくない???」 「しかたな……くはないけど、しかたないかもしれない」 「それでさ、その後結局青くんが花くんが静かなことに気が付いてね、玄関先で花くんの頭をわしゃわしゃって撫でたんだよ」 家までついていったのかとツッコミつつ、突然また王道に戻ったことに頭がこんがらがる。黒鉄くんと後輩くんはどこいった? 私の疑問に答えるように、彼女は意気揚々と「気が付いたらログアウトしていた」という。 一体いつ、どうしてログアウトしたのか、抱きあってた黒鉄くんと花くんの間にはなにかなかったのか、気になることが多すぎる。 「そのさ、玄関先での会話がまたカレカノなんだよね、あの二人。青くんがさ「お前なんか、拗ねてんの?」って言ってさ、それに対して髪をぼさぼさのまま、ちょっとだけ頬を膨らませた花くんが「ソラ、最近ユキと仲良いし、いつの間にか桃君ともライン交換しちゃってる、から」って呟いてなんとなーく自分が言おうとしたことがヤキモチだって気がついちゃったんだろうね。花くん、真っ赤な顔して何でもないって部屋に入っていっちゃってね」 「うわぁ、うわぁ」 「もう、青くん本命どれだよ!!!!!よりどりみどりかよ!!!!って地団太踏んだよね。」 会話が聞こえるほど側にいったのかとか、色々ツッコミどころはあったが、頭の中であの美少年が嫉妬して顔真っ赤にしてるのを想像したら堪らなくなった。可愛い。最高に可愛い。 「黒花を推したい。後輩君に青くん奪われちゃって、傷心の花くんを慰める黒花を推したい」 「くっ、それは、捨てがたい。最高に萌える。でも、でもさ、あの綺麗な顔で黒いキャラな花くんもよくない?」 「あー……ヤンデレ?」 「そう~!!!僕の青くんなのに~っていう、それで攻め」 「ぐっ……」 それも美味しい。そう思ってしまう。私の中では美少年花くんは圧倒的に受けだけど、攻めてる姿もおそらく最高にカッコいいだろうから、悩ましい。 モブ実はノートに最早妄想を書きながら会話している。私はそれを覗き込みながら、ずぶずぶと沼に引き込まれていく。 するとぬぅっとノートに影が二つ差し込んだ。 ゾッとして顔をあげれば、つい今しがた妄想の糧にしていた二人が物凄く不機嫌な顔をして立っていた。 「委員長、俺でどーこー妄想するのはいいけど、花はダメっていったよね?」 「あー……はは、はは」 そんなことを言われていたのかと血の気が引く。オイオイ、先に言っておいてよそういうことはと背中に冷や汗が流れる。 「花は、そんな腹黒いキャラじゃないし、オレとは従兄弟なだけ、だし」 「「従兄弟!!!!」」 「黒、そういう情報あげると喜んじゃうからダメだって」 「あ、あの、前から思ってたんですけど」 この状況で声をかけるモブ実のメンタルの強さにギョッとする。一体、何を言うのかとハラハラと見つめていればモブ実は物凄く真剣な顔で「その、前言われた時も思ったんだけど、青くん自身は妄想されるのはよくて、なんで花くんはだめなの?」とそんな疑問を口にした。そのとたん、教室に「え?」と心底困惑した青くんの声が響いた。 「「え?」」 それに思わず私も、モブ実も同じ反応を返す。私達の反応に青くんは酷く狼狽えながら、何でって言われてもとコテリと首を傾げ、腕を組んで考える仕草をする。私も、モブ実もそんな青くんをマジマジと見た。 この人、完璧に、本当に、無自覚男子なのだ――と思わず興奮してしまった。 そんな私達の横で、黒鉄君がはぁっと深い溜息をついた。 「青ちゃんはさ、そういうところズルい、よね」 「え?な、何が!?どういうとこ!?」 「……なんでもない。も、花待ってるから帰ろう?」 黒鉄君の言葉に狼狽えた青くんだが、帰ろうと促され、花くんが待っていることを思い出したのかはっと思考をやめ「兎に角、委員長、だめだから!」とびしっと念を押すように指差しをして教室を出ていく青くんに、取り敢えず私達は頷いた。 そんな彼から一歩遅れて動いた黒鉄君が、教室の入口まできたところでチラリとこちらを振り返る。 「あのさ。あんまりあの人に自覚されると困るから。気が付かせるようなことしないで」 ぼそっと放たれた低い声に、思わず硬直した。 廊下から元気に呼ぶ青くんの声に、反応して大きい身体に似合わない可愛らしい動作で手を振って、廊下を歩いていく背中を私もモブ実もただ、呆然と見送った。 そうしてすっかりと静寂が教室に戻った瞬間、ひっそりと声を潜めたモブ実が耳打ちするように言葉を放つ。 「ね、ねぇ、あれってどういう、意味?」 「わ、分からない。分からないよ。え、青くんに自覚されると何が、困るの?」 「は、花くんと青くんがくっついちゃう、から?まって、それって黒鉄くん、どっちとくっつきたい、の?」 悶絶である。公式からの爆弾投下はやめてっと叫ぶモブ実に頬が引き攣る。爆弾もさることながら、ナマモノの本人にバレたことも大問題ではないかと、二重の意味で心臓がバクバクしている。 私達はしばらく、どうにもならない感情を叫びとして放課後の教室に撒き散らした。 ***** 夕陽の色が濃くなり、廊下に射し込む影が増えた。背中に聞こえる雄叫びをBGMにオレは先を行くクラスメイトを追いかけるため、足早に廊下を抜けていく。 きっと寒い中、今日もまっていてくれる春のような人のために、急いているクラスメイトは、なんだか少し腑に落ちない顔をしている。 オレは、そんな彼がこのままその腑に落ちない部分を自覚しないことをこっそりと祈るばかり。 オレが彼等二人をどうこうする気もないし、肝心の花がどう思っているかは分からない。 ただ、オレのフィオーレが泣かされなければそれでいい……なんて、口にすることはできないけど。 下駄箱で靴を履き、顔をあげれば昇降口の階段の部分で立ち尽くす青ちゃん。 その視線の先には、いつもの門のところで、花が後輩の桃ちゃんと楽しそうに笑っている。 その顔をみて、眉間の皺を深くする無自覚な友人に、オレはまた一つ、深い溜息をつく。 (本当に、どっちも天然で、どっちも無自覚で、どちらも本当に性質が悪い) この2人には当分振り回されそうだ——と、オレは今日一番、重たい溜息を吐き出した。

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