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第8話
会計を済ませ、病院を出てからも、蘭の頭の中は今後どうするかでいっぱいだった。悩ましくて、仕方ない。おまけに、胃のムカつきは悪化する一方だ。
(あ……、気分悪)
不意にふらつきを覚えて、蘭は道の真ん中で立ち止まった。貧血だろうか。食欲がなさ過ぎて、朝から何も食べていないから、その可能性はあるが……。
「……あの、大丈夫ですか?」
その時、気遣わしげな声がした。振り返ると、小柄な若い男性が立っていた。首輪をしているから、きっとオメガだろう。
「ああ、すみません。少し気分が優れないだけです。休めば治りますから」
「だったら、すぐ近くにファミレスがありますよ? 僕、よかったら付き添います」
男性は、そう言い出した。
「ありがとうございます。でも、一人で平気ですから」
オメガだから下心は無いだろうが、わざわざ同行させるのは気が引けた。蘭は固辞したが、彼は一緒に行くと言い張った。
「妊娠されているなら、用心に越したことはありませんから」
「え? ああ……」
産科から出て来たのを見ていたのだろうか。じっと顔を見返すと、男性ははにかんだように笑った。
「実は僕も、さっきまで同じ産科にいたんです。同じく、妊夫でして」
「そうなんですね」
見たところ、二十歳前と思われるが。それに首輪をしているということは、誰かの番ではないのだろう。どういう事情で妊娠したのだろうか、と蘭は気になった。表情が明るいところを見ると、望まぬ妊娠ではなさそうだが……。
つい顔を見ていると、男性はぴょこりと頭を下げた。
「こんな場所ですみません。初めまして、蘭さん」
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