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第7話
(いや、嘘だろ……)
産婦人科の診察室を、蘭はよろよろと出た。頭の中では、医師の『妊娠されています』という言葉がぐるぐる回っていた。
思い当たる節は、ある。前回のヒートの時、子供たちの中で唯一実家に留まっている望大が外泊しており、家には陽介と二人だったのだ。しかも陽介は、野党の反対で難航していた法案が可決された直後で、上機嫌だった。……となれば、そういう雰囲気になるのは必然で。
(油断したなあ……)
年齢が上昇するにつれ、フェロモンは減少する。まさかと思ったのだ。蘭は、ため息をつきながら腹に手を当てた。
医師は、今は医学が進歩しているので、高齢出産のリスクは心配しなくてよいと言ってくれた。それでも蘭は、『分娩を希望する』と即答できなかった。
(陽介、どう思うだろ……)
もう一人くらい欲しいという思いは、無いこともなかった。だが、双子を出産後、三人の子育てをしながら記者の仕事もこなすという多忙さで、とてもそんな余裕は無かった。陽介の方も、それはわかっていたらしく、明確に希望はしなかった。
その後、双子に手がかからなくなった頃、四人目が欲しいな、と蘭は思った。だがその矢先、陽介が首相に選出され、今度は彼の方が忙しくなってしまった。言い出すタイミングを逃したまま、現在に至るのである。
(ああああ)
蘭は、髪をかきむしりたくなった。陽介はともかく、子供たちにどう話せばいいのか。ただでさえこの年で子供を作ったなど、恥ずかしくて言いづらいというのに。この前息子たちに自分は、何と言ったか。
『無責任な真似はするんじゃないぞ』
(どの口が言うか……!)
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