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第1話
夜中でも人通りの多いメインストリートから外れた路地を入った所に、その店はある。
「いらっしゃい」
いつもの軽い調子の声で、カウンターの中からマスターが声をかけてくる。
取り敢えず水割りを頼んで、俺は店内を見渡した。
何となく耳に入る程度のジャズと、静かに会話する男達の声。
この店に来る客は、ほぼ100%男。
ボックス席は殆ど埋まっていて、どこももうカップルが出来上がっている。
駄目か……と、溜め息を零したその時、どこからか視線を感じた。
俺の座っているコの字型のカウンター席の反対側。
柔らかい照明が、ちょうど当たりにくく影になっている隅の席。
俺が視線を送ると、すぐにツイッと逸されてしまった。
ここからではよく見えない。他に適当な相手もいないし……。 と、そんな軽薄な気持ちで、俺はグラスを手に立ち上がり、そっと彼の席へと近づいた。
そいつは俺が近づいて来る事も、多分視界の隅に捉えて気が付いている筈なのに、こちらをチラリとも見ようとしない。
俺はひとつ席を開けたカウンターに、わざとらしくコトリと音を立たせてグラスを置いた。
ほんの僅かにピクッと、オレンジ色の液体の入ったグラスに触れていた彼の指が動くのを確認して、「隣、いい?」と、声を掛けた。
だが反応なし。
「あれ…… 迷惑だった?」
もう一度だけ声を掛けると、漸くそいつはゆっくりとこちらに顔を向ける。
その瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。
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