昼間の少し暑い日差しと、肌を撫でるような風が初夏を思わせる。その心地良さに思考が遠く、深く、波の音と共に攫われていく。 沈んだ先は真っ暗な海底で、口から溢れる呼気が気泡になって空に向かってプカプカと飛んでいく。肺の中の空気が徐々に失われると体が次第に浮き上がり海面に近づくほどに波に揺れる。海面がすぐそこに見える頃、降り注ぐ太陽の光に瞼の裏がひくりと震えそっと瞼を持ち上げる。開けた視界には空と海の境界が曖昧な青の世界。 「起きた？」 降り注ぐ光とともに耳をくすぐる心地良い声音がすぐ隣から聞こえる。深海を漂い疲弊した身体を声のする方へ向ければほんのり小麦色に焼けた熱い背中が見えた。 無意識その小麦色に両腕を伸ばし引き締まった腰周りに腕を巻き付け自身の頬を擦り寄せた。 「なーに、千尋さん。くすぐったいよ？」 「んー…だって目の前に悠星がいるんだもん」 はいはい、と髪をくしゃりと撫でられ、その手の温もりに開いた瞼が再び落ちる。 恋人である悠星に海行きたいねなんて軽い気持ちで言ったのは去年だっただろうか。お互い仕事の都合もあり連休で海へバカンスなんて急には実行出来ない。だからと言って不可能でもない。行こうと思えば行けるものなのだ。 せっかくだからヴィラがいいねとか、ドアtoドアで海へ入れるところがいいねとか、小さなモニターを二人して顔を突き合わせて覗き込みながらいつかの休日に向けて計画したのだ。 念願かなって遂行されるまで一年ちょっと。その間に金も貯められるよなと、少しずつ旅行貯金もした。 そして今はその旅行真っ最中だ。旅行と言っても、日本企業で忙しなく働く二人にとっては贅沢な休暇にするべく特に現地を巡ったりショッピングをしたりするわけでもない。ただ二人で海の見えるヴィラでなんでもない休日を過ごすだけにすぎないのだ。 腹が減ったらルームサービスにしよう、泳ぎたくなったら目の前の大きな窓を開けてそのまま海に飛び込もう、セックスしたくなったら飽きるまで溶け合おう、ただそれだけだ。 腕を巻き付けた腰の筋肉が捻るようにしなやかな肢体をベッドに横たわらせる。動きに合わせて腕を解き日焼けした熱い身体を抱き締めれば、深海に沈む前の熱情が甦る。 「ん…悠星、背中熱い」 「そりゃ連日海で遊んでりゃ熱くもなりますよ。千尋さんはラッシュガードさまさまですね。白いままだ」 「俺も悠星みたいに焼きてぇよ」 「だーめ。真っ赤になって大惨事になります」 「ケチー」 「ケチで結構。後で後悔しないように言ってるんです。せっかくの休みなんだから、嫌なことゼロで楽しんで帰りましょうよ」 「帰るとか言うな…また週明けからパソコン睨みっこ嫌すぎるだろ…」 「もーそんな仕事の話しない。せっかくの休みって言ったばっかりでしょうよ」 愚図るように目をキュっと閉じて悠星の肩に顔を擦り付ける。そうすれば頭を優しく撫でてくれることを知っている。 シーツを足先で蹴って逞しくすらりと伸びた悠星の脚を股に挟み込み、全身隈なくぴったりと張り付く。日焼けして熱い体でも素肌が触れ合う体温はいつだって熱くて心地が良い。 悠星の匂いに包まれれば自身の身体に血が巡るのを感じ、熱が宿る瞳を相手へ向けるよう瞼を開ける。 視線の先に同じ熱を宿す瞳が映り、堪らなく胸が締め付けられもう一度瞼を下ろして目の前の唇へと齧り付いた。 .