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第3話 崩潰

タクシーは冗多なやりとりをせずにすぐ戻っていった。 どこだろう、なんなんだろう、ここは。 長さがそこそこあるデカい倉庫。 トタンではないし、ひしめき並ぶ倉庫の集合の中では立派な作りをしているけど、黒く恐怖を感じる建物と建物周辺。 ……ここで今日殺されても誰も目撃できないし、ドラム缶に詰められて湾に流されるには絶好のロケーションなんじゃないのここ。だって、海近いし……。 「なんで……話をするのに……こんなとこくんだよ」 倉庫の大きくて縦にも長い、金属製の門戸がガシャンと機械的に自動開閉される。 「朔、入ってくれ。そこでつったってないで」 「ええ……っ」 引きながらも警戒しつつ中にゲートをくぐるように入る。門戸はまた金属音を立ててガシャンと閉められた。 「うわっ」 振り向いて俺はビビった。 正夜の手には電動リモコンが握られ、何やら遠隔操作式で動いているらしかった。 同じように正夜が手を僅かに動かすだけで電気が明るくパッとつく。 と、真っ暗かったそこは白熱の電気が煌々と一気に点灯くと、はっきりと内部光景が明らかになってきた。 広い、広ーい、うん、真中央にパイプの黒ベッドが置かれ、人が住んでるっぽいインテリア?が並べられていた。 人の家みたいだった。 普通の家よりも高い天井から、黒い縁枠のライトが吊られ垂れ下がっていて、テレビあるし、黒革のソファがあるし、本棚あるし、キッチンスペースらしきものはあるし、奥にはまだニ、三、扉があるし、中2階的な階段上がっていく場所もあるし、余るスペースはやたら広く大きいけど全体的には人が住んでるみたいだ。 全体を通して黒と灰色とベージュの基調をしている。 「ここなんだ?」 「ん、僕んちだよ」 「うそだろ……本当に住んでんの……。え!自分ん家に連れてきたの!?アシがつくだろそれ!!えっ」 「アシって何?話を、するんだろ」 そう言って笑いながら、黒いソファに着ていた銀色のジャケットを適当に脱ぎ捨て、ベッド脇のパイプ椅子に座る。 外から入ろうとも靴を脱ぐ形式にはなっていないようだ。 てっきり、悪者に囲まれ、物置状態のガレージのような倉庫の中で吊るされてバシーンバシーン!!なんてされるかも、と建物を前にして一気に高まった俺の警戒力が杞憂にも川に流された。 真ん中にあるベッドは2人サイズ分くらいはある大型なものだが、それより普通の家よりも遥かにダダ広い内側は、絶対空調なんて行き届かないだろうに、夏・冬はどうなんだろう。 今は冬になりかけている時期なんだけど、これからはもっと寒くなる予定だ。 「ここなら、誰にも邪魔されないよ。聞かれないし。何せ、誰も周辺には住んでいないからね」 そうだ、港しかない。月が照らす、無人の、黒い海。 「ああ、じゃあ聞いてやろうじゃないかっ!一体全体何であんなもん送り付けてきたんだ!何で俺にあんな酷い真似をしたんだ!答えろ!」 「僕こそ聞いていいかい?朔はあれから体に変化無いの?例えば不能になったとか、男を見ると吐くようになったとか何か無いの?」 は……?何聞き返してきてんだ、こいつ、ゆっくり話をしようと言ってきて、俺に質問させてくれないの?話ってそうゆうこと? 「なったよ!!勃たねえよ!!すぐ駄目になるよ!!どうしてくれんだよ!!おい!!何であんなことしたんだよ!!」 「自分でいじったらってこと?女の人とやれば大丈夫なんじゃない?試したの?」 「やったよ!!だからっ……!!女で……っっ……っ……駄目だったんだよ…………っ!!!」 振り絞るように叫んだ。 倉庫の壁面は反響しやすいのか、普通より俺の声がビリビリ空気を震わせて行き渡ったけどそれでも当の相手は平然として椅子に座っている。 正夜が興味津々そうに瞳孔を一際大きくさせ、眉を曲げた。 「女で駄目だったの?」 クスリと笑う付きで。 「そうだって!……言ってんだろ!おまえがしたんだよ!!」 「朔が不能になったのは僕のせいなの?」 「……っぼけんなよ!!……あの日、俺に……………っやったろう……………?」 情けなくて目の奥と鼻の奥の両方が、きゅうっと熱くなってきた。 俺はその場にへたり込んだ。 「ふぅん。僕が朔に自分のペニスを何回も入れたせいで、朔のペニスは勃たなくなっちゃったんだね……」 崩れ落ちる前に正夜は椅子から立ち上がってツカツカと歩いてくる。 「ゆうなよっ!!そんなこと……!!」 俺はとうとう喚きながら涙を溢していた。 「可哀想だね。何とかしてあげたいな……それは……」 「そうだよっ!謝れよ!!お前のせいなんだから!!お前が俺にしたせいだよ……!ぅう……何であんな、うう!したんだよ……ぅうっっっ」 一回涙が流れ出すともう止まらなく、話す言葉の足を取り、喉から出したい音程を揺らした。 手をつく床は冷たく石のように硬く、下足が行き交っているのだから、多分汚れているが、構わなかった。 正夜は俺の傍に片膝をついて座り、片腕で目をゴシゴシしながらそれでも泣いている俺の肩に、ソッと手をかけた。 「わかったよ、わかったから……。こっちおいで」 俺は泣きながら泣いてる顔を見せたくなくて下を向き、肘を正夜にゆっくり掴まれ引っ張られたまま、導かれるままに足を動かす。 「うう、ふう、うくっ……ぅ!」 座らせられたのは、ベッドの上だった。 「朔、泣いてないで。朔はビックリしちゃったんだね?こないだのアレ」 背中をさすりながら、まるで子供をなだめるように言う正夜。 「あ……たり……まえだろ!寝てるのに起きたら……あ!……あんな……!年下のヤロウに……あんな、あんなコトされ……ぐっうふ……うう!……たら驚くに決まってんじゃねえか!……うっ」 「ふぅん」 そう言いながら正夜は俺の手首を掴み、ベッドの上に俺を倒して覆い被さってきた。 「つまり、あれだ。朔は、女とは出来なくなって快感を感じられなくなったから、男と試してみたらまた自分の体は快感を感じれるようになるかもしれない、と、試してみたくて、また男に挿れられるために僕んとこ来たんだね?」 「………は…………?」 一瞬、真上の奴が、何を喋っているのか内容が分からない。 正夜はマットレスの下から2つの銀色の手錠を取り出し、それぞれと俺の手首を、ベッドの両サイドの手すりにガチャンガチャンと嵌め繋げた。

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