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それから、一緒に住むまでは正文さんのマンションでその花を育てることになって。 僕も定期的にお邪魔させてもらうようになった。 一輪の大きな花を咲かせる鉢。 花は不思議な色をしていて、本当に綺麗。 (〝不思議〟と、いえば……) 『お前が、この花を選んだんだねぇ』 レジへ持っていったとき、店主のお婆さんに声をかけられた。 『綺麗な花には棘があるもんさ。気をつけなさい』 『棘……?』 そんなもの見えないけれど… 『クックックッ、棘は気づかないうちに刺さるもんなのさ。でも大丈夫。 ーー〝愛〟さえあれば、きっと抜ける』 ニヤリと妖しく微笑まれ、正文さんと一緒に〝?〟を浮かべながら店を出たんだった。 (思えば、あの時の話も不思議だったなぁ) 棘なんてどこにも見当たらない、本当に綺麗な花。 取り扱い説明だったのか…ただの何気ない注意だったのか…… (まぁ、いいや) 正文さんはまだ仕事から帰ってなくて 静かな部屋で花を見ながら、スゥッと眠りに落ちた。 『…ーおん、しおん、詩音っ!』 『ん……?』 焦ったような、正文さんの声。 眠ってた目を擦りながら体を起こすと、寝ていた床にコロリとしたものがいくつも転がっている。 『? これ……』 たくさんの色とりどりの綺麗な石……いや、石なんかじゃなくて、これはーー 『ほう、せき?』 煌びやかな宝石。 赤・青・黄色…いろんな種類が散らばるように光り輝いていた。 (うそ、こんな高価な物が…どうしてこんなに……っ) まさか、泥棒…? 『俺は、こんな宝石持ってない。 これは詩音の……?』 『ちがっ、僕もこんな物…持ってなんか……』 (あれ?) 話してたら、喉元に変な感覚。 思わず手を当てると、正文さんも心配するように寄ってきてくれて。 そこで、僕たちは 『っ、え……』 『嘘、だろ……』 ーー僕の喉から、宝石がポロリと溢れ落ちてきたのを 見た。 なにがなんだか、分からなくて。 怖くて怖くてパニックになって、涙が出てしまって。 『詩音、詩音落ち着いて。 とにかく病院へ行ってみよう』 震える僕を、正文さんが優しく抱き上げた。 『ふむ、とても不思議な病気だ。 いや…奇病と言うべきか……』 隔離された病室で、担当になってくれたお医者さんは首を捻った。 検査の結果、何処も異常なし。 ただ、喉から宝石がポロリと落ちてくる……口ではなく、喉から。 そして、 『〝聴診器〟の意味も、分からないんだよね?』 『っ、わかりま…せん……』 僕は〝ちょうしんき〟という言葉を忘れてしまっていた。 さっき使われたとき、理解ができずに先生が驚いたことで発覚した。 幼い子からお年寄りまで誰もが知ってる、今お医者さんが両耳に付けてるチューブのこと。それを忘れるなんて、あり得ない。 でも…いくら聞いても僕の中にその言葉は残る事なくスルリと抜けていってしまって、覚える事が出来なくて。 『うん。これはもしかすると一種の記憶障害を起こしているのかもしれないな』 『記憶……?』 『君が喉から宝石を生むたびに、言葉がひとつずつ君の中から抜け落ちているのかもしれない』 『言葉が、抜ける……』 この宝石は、その抜け落ちた言葉なの? 目の前に並べられた煌びやかな宝石たちの中に〝聴診器〟という言葉を詰めた宝石が、あるのだろうか? 『まぁ、他に類を見ない症状だからなんとも言えないが…君にはしばらく此処で生活してもらわないといけない。治るように私も最善を尽くすよ。いいだろうか?』 『っ、はぃ…』 『詩音、大丈夫だよ』 一緒に話を聞いてた正文さんに、ふわりと抱き締められる。 『これから毎日来るから。1人じゃないからね』 『まさふみ、さ……っ』 『うんうん。こういうのは気を追わない方がいい。支えてあげてください』 こういうのに偏見のない先生が担当で、良かった。 目の前がまた涙で滲みはじめて、それを優しい体温が拭ってくれた。

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