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彼と出会ったのは市の図書館。 本の虫だった僕が、いつの間にか文字より彼を目で追っていたのが始まり。 いつから気になってたのかは正直分からない。 でも、いつもいつも来ている大人なあの人にひどく心惹かれて…気がついたら視線で追っていた。 本が大好きな僕が、まさか本より好きなものを見つけるとは思わなくて……でも自然と目がいってしまっていて。 『こんにちは。 君、いつも俺のこと見てるよね?』 『っ!』 『隣座ってもいい?』 あんなに見られて気づかれないわけがなく、ある日突然声をかけられた。 『君の名前はなに?』 『ぁ、えっ…と、詩音、です……っ』 『しおん? どんな字を書くの?』 学生カバンからノートを取り出し、さらりと名前を書く。 『へぇ。詩に音って書くんだ。綺麗だね。 いつも楽しそうに本を読んでる君にはぴったりの名前だ』 『へ、いつも、って……』 『クスクスッ。あんなに見られちゃ嫌でも君のこと気にするよ。可愛い顔してぽけーってこっち見ちゃってさ。でも、本を読むときはいつも幸せそうだよね』 持ってたペンを取られ、僕が書いた名前の隣にサラサラと書かれる丁寧な文字。 『まさ、ふみ……』 『そう、正文。俺の名前だよ。 面白いね、俺たち2人とも字に関する名前だ。 ーーねぇ、詩音くん』 シャーっと、僕たちの名前の周りを正文さんがハートで囲んだ。 『俺たち、付き合わない?』 『えっ?』 『だって、詩音くんは俺のこと好きでしょう?俺も詩音くんのこと好きだから、付き合おう?って』 (な、なんで) 僕…好きなんて言葉、一言も言ってないのに。 『っ、ははは、顔が真っ赤。視線が言ってたよ? 〝俺のこと好き〟って』 あんな顔して毎度見られてたらさ、もう我慢できなくなって俺から話しかけちゃったよ。 大人な貴方と高校生の僕。 それも男同士で、ちょっぴり背伸びした想い。 叶わなくても、見てるだけで幸せだった恋…だったのに。 目の前でなにが起こってるのか分からなくてワタワタする僕の頭を、大きな手が優しく撫でてくれた。 それから、初対面でお付き合いを始めた僕たちは図書館以外にも色んなところへ一緒に行った。 思い出もたくさんできて、互いのことをたくさん知って…たくさん笑い合って…… 『ねぇ、詩音はどうして本が好きなの?』 『話すのが、苦手だから』 僕はもともと口下手で、話したいことがあってもそれを口に出すことが難しい。 頭ではいっぱい言いたいことがあってたくさん思ってることがあるのに、それを上手く言葉にできないのがもどかしくて…そんな時なんて言えばいいんだろうって、いつも本に言葉を教えてもらっていた。 『本に言葉を教えてもらう、か。それなら、詩音は沢山の言葉を知っているんだね。 俺も時々考えるんだけどさ、日本語って美しいよね。他の国より言葉はいっぱいあるし、かと思えばシンプルな言葉ひとつにいろんな意味が隠されていたり。文字だってさ、漢字で書くところをワザと平仮名にすることによって見たときの捉え方が変わってきたり…本当面白いよね』 料理の世界でも〝和食は引き算〟と言われる。 それは、多分日本語にも当てはまってるのかな?なんて思いながら、隣で楽しそうに話をしているのを見上げた。 正文さんは、やっぱりすごく優しい人だった。 第一印象からまったく変わらなくて、抱擁力のある暖かい人。 こんな大人になりたいと思う。 (あと、すごく気づいてくれる) 僕が喋らなくても言いたいことや思ってることが分かってるみたいに話をしてくれるから、本当にすごい。 『言葉がなくても詩音の目を見れば簡単なんだよ』って言われるけど、よく分かんないや。 でも、だからなのだろうか? (無言の時間が、怖くない) お互い話をしなくても気まずくなくて、自然体でいられて。 いつもゆったりした時間が…過ぎていって…… (このまま、こうしてずっと隣に居たいな…) 『あ、ねぇ詩音。 あの花屋に寄ってみない?』 旅先で何気なく指差された、カラフルなお花屋さん。 店内へ入ると見たこともない花々が所狭しと並んでいて、圧倒される。 『詩音、ひと鉢買おうか』 『え?』 『高校卒業したら一緒に住もうって言ってたでしょ? そのとき部屋に飾りたいなと思って』 それは単なる思いつき。 でも、この先その花を見れば今日の思い出が蘇ってくるのかと思うと、すごくすごく嬉しくなった。 『クスッ、可愛く笑っちゃって。それはいいってことだよね? じゃあ詩音、選ぼっか』 手を引かれて店内をぐるぐる回っていると、一輪の大きな花とような気がした。 『これ……』 『? これがいいの?』 『…うん、これがいい』 近づいてその鉢を抱えると見た目より軽くて、これなら持って帰れそう。 『見たことない花だな。でもすごい綺麗。 よし、これにしよっか』 満足そうに笑って、一緒にレジへと持っていった。

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