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第1話 チョロい。
触れ合った唇は、ただひたすらに柔らかい。予想外に柔らかい。
え、なんでこんなに柔らかいの。
「んぁっ」
その柔らかさに動揺していたら、舌先で唇の割れ目を突かれた瞬間馬鹿みたいに条件反射で隙間を開けてしまった。
「んぅ」
待って。待って待って待って。本当に待って。
だけど制止の言葉は侵入してきた舌に唾液ごと絡め取られてしまう。
熱い舌が内頬を、歯列を、こちらの舌をまさぐる。じゅるりと唾液まで吸い上げられれば、戯れで済ますにはディープすぎるキスだと脳が判断を下す。
そうだ、いくらなんでもディープすぎる。酔ってるからってやりすぎだ。
なんで、なんでこんな……! お、男同士で……!
「んはっ、よ、芳乃!」
酸欠で本格的に意識が霞むその前に、気力を振り絞って相手の胸板を押し返す。
押し合いへし合いになるかと思ったら、拍子抜けするくらい相手はあっさり身を引いた。
が、その直後、ディープキスをかましてきたとは思えないくらい涼しい顔で問うてくる。
「男も女も変わんないだろ」
「そ、そんな」
古川芳乃 。
オレの気の知れた友達。大学で一番最初の授業、たまたま席が隣だったという平凡の中の平凡を行く出会いを果たし、以後三年間独り暮らしの互いの部屋を頻繁に行き来する仲ではある。
今日だって試験お疲れ様を兼ねて芳乃の家で飲んでいて、クーラーの利いた部屋でいつも通りくだらないこと話してて、それは途中で恋バナと言うか愚痴に変わって。そう、いい感じになりかけてたバイト先のお姉さんにリーマンの彼氏ができたのだ。
大分いい感じだったのに! ほっぺちゅー(された)まではいったのに!
いつもそう、基本的に年上のお姉さんに可愛がられる性質で、いいところまではいく。ちゅーとかその先の関係までいく。
でも本命にはなれないと言うか、ペット枠と言うか、可愛い可愛いするだけして、最終的には年上の! 頼りがいのある! 経済力もある! そういう男に搔っ攫われるまでがお決まりパターン。
で、それを今回も愚痴っていた。管を巻いていた。えぇ、巻いていましたとも。
「なぁ、彼方 、変わんなかったろ」
「…………そ、そうか?」
せめてほっぺちゅーのもう一歩先までいきたかったとかぐだぐだ言っていたオレは、酔っぱらってました。うじうじしていてダメ男だったと思います。というか、酔いに関してはまだ醒めてないんだけど。
でもとにかく、そうひやって管を巻いていたら、そうしたらさ。
「いやでも、ほら、うん」
こんなオレに根気よく付き合ってくれたこちらの友人・芳乃君が言い出した訳ですよ。
“そんなにしたかったんなら、してやろーか”
と。
“キスするのに男も女も変わんないだろ”
と。
んで、イエスとかノーとかいう前にぶちゅっとかまされてしまったのである。
やわっこくて、ついでに濃厚なやつを。
「なんかごめんな? オレがあんまりぐだぐだ言うもんだから、変なことさせたと言うか」
おかしなことになっているといのは分かる。よく分かる。
芳乃も多分きっと酔っぱらってる。オレがあんまりしつこく言うから、一つキスでもかませば大人しくなるとか、そんな結論がぽんと出てしまったのかもしれない。
「変なこと?」
「いや、だから、好きでもないどころか、男のオレ相手にさ」
いや、オレもね、別にキスそのものがそんなにしたくて堪らなかった訳じゃないんですね。
こう、やっぱり好きな子と致したいなっていうか、いや、気持ち良かったけど、すっごく良くてオレは今盛大にビビッてますけど。
でもそう、こういうのは気持ちがあってこそのことで、こんな男同士でそんな不毛な。芳乃にも超悪いことしてる気分。そういうことじゃなかったんです、身体張ってくれたのにごめんな。ごめんなさい。
「嫌だったらそもそもしないけど」
「うんうん、芳乃が友人思いのいいヤツだってことは身をもって理解した。だから友人、グラスに残ったそのアルコールで唇及び口ん中しっかり消毒して流そう。さっきのことはアルコールに流そう」
な? とビールが半分ほど残ったグラスを手に押し付けると、芳乃は面白くなさそうな顔をした。
どういう反応だ、それ?
「アルコールに流すねぇ」
くいっと芳乃が黄金色の液体を煽る。ごくり、大きく喉が上下する様をオレはぼけっと眺めていた。
「だけどさ、彼方」
「は、はい」
「俺、まだちゃんと聞いてないんだよね」
「聞いてない?」
カン、と軽くなったグラスの底がローテーブル打った。
「感想。結局良かったの、気持ち悪かったの。お姉さんとするだろうキスとそんなに差があったか?」
「え」
まさか事細かに感想の提出を求められるとは思わなかった。さっきのアレって冗談というかノリというか、そういうのじゃないの。
「いや、その、き」
「き?」
「気持ち……良かったです」
いや、正直に答えすぎ、オレ。でもでも気持ち悪かったとか言えないし。そんなの芳乃を傷つけるし。っていうか本当に気持ち良かったし。
うわー! そうです、気持ち良かったです! 忘れさせて!
「ふーん」
オレの答えに芳乃はにやりと口の端を持ち上げた。
あ、これ、なんか悪いこと考えてる時の顔。よろしくない兆候。
というか、こんなぐちゃぐちゃの展開になって今、オレ、速やかに今夜はここから撤退するべきじゃないだろうか。
そう思ったのだが。多分、思うのが遅すぎだ。
「彼方」
「はへっ」
ハッとした瞬間には、芳乃のご尊顔がまた身近に迫って来ていた。さらさらの黒い前髪がこっちの顔を擽るくらいの近距離。
よろしくない展開!
オレは必死に後ずさったが、狭いワンルーム。すぐに背中がベッドに当たって追い詰められた。
「よし……」
ぷに、と芳乃の指がオレの唇を弄ぶ。ぷにぷにされているうちに薄―く隙間ができて、親指がそこに軽く差し入れられる。
「あえ」
待って待って。
芳乃の親指が下の歯を軽くなぞる。びっくりして声を出そうとしたら舌先がその指をかすめてしまって、なんか舐めたみたいになってしまってますます混乱が酷くなる。
これ、どうなってる? どうすればいい?
よく分かんないけど、分かんないからこそこのまま押し切られそうなんですけど。
混乱極まったオレは、思わず助けを求めるように芳乃を見上げてしまった。
いや、オレを追い詰めてるのこの男なんですけどね。その男に助けを求めてどうすんだって話なんですけど。
「ふっ」
芳乃はその反応を笑って、でも指は抜いてくれた。良かった。――――ってホッとしたのが間違いでした。
「んん!」
また唇に湿った熱。再びキスをかまされている。
ヤバイヤバイヤバイ。なにこれ、ヤバイ。キスに男女の違いとかない。学習した。
くちゅくちゅと鳴る水音が羞恥を煽る。巧みな舌先がいいようにこちらを翻弄する。
気持ち良すぎる。その良さに飲み込まれて、拒み方が分からないところが怖い。
でもでも!
「まてまてまって!」
「本当に?」
息継ぎの合間を狙って意思表示を試みた。
芳乃はそれにちゃんと反応したが、オレの唇の端を拭いながら意地悪なことを言う。
「待った方がいい? って言うか、待てなんだ? やめろじゃなく?」
「言葉の綾……!」
言葉尻を捉えないでほしい。そういうことじゃないんだ。
「そうか? 気持ちイイんならそれが全部じゃないか」
「いやいや芳乃さん、君、いつからそんな快楽主義者に?」
思いっきりその気持ち良さに流されていたので人のこと言えないけど。
「そ、そもそもなんか上手くない? 怖いくらい気持ち良かったんですけど、一体どこでそんなテク」
去年の冬くらいに可愛い彼女作ってたような気がしたけど、アレ、二ヶ月も経たないうちに別れてなかった? あの二ヶ月で? それともオレの知らない時代の芳乃が経験値を積んでいたのか。
「お褒めに与り光栄だけど。……もっと気持ちイイことしてやろうか」
「えっ」
「さっきからちょっとキツそうだなって思ってて」
すらりと伸びた人差し指が指し示すのは、ズボンの中心部分で。
指摘されて気付く。確かにソコは窮屈さを訴えていた。
え、なんで、いつから。キスで気持ち良くなって? それよりも前から?
「あ、ちょ!」
布地の上から包み込むように触れられる。
「んぅ」
そろりと撫で上げられるようにされた瞬間、喉から変な声が漏れた。ついでに刺激に反応して、ソコが更に硬さを持つ。
「うそうそうそ」
オレの身体どうなってんの。触ってもらえれば何でもいいのか、しっかりしろ。
だけど与えられる刺激に身体は反応するばかり。
「きっつ……」
どんどん鎌首をもたげるものだから、思わず素直にそう漏らしてしまった。
いやだってホントにキツイ。こんな日に限ってタイトなシルエットのものを着ていたものだから、もはや痛いと言っても過言ではない。
「くっ」
だからファスナーを下げる手を制止できなかったのは仕方がない。
いやホント、痛かったんだって、これは男なら誰でも解放を求めてしまうレベル。
で、その解放感に浸っている間に、事態は更に進んでいて。
あ、ヤバイ。待って、もしかしなくても扱かれてない?
――――扱かれている。直接触られている。
「うぁ、あ」
ちゅくちゅくと鳴る先走りの汁の水音と混乱と羞恥と快感がぐっちゃぐちゃになっていく。
なんてこった。いくらなんでも下半身に振り回されすぎだ。
気持ち良いからって抵抗しないのはどうかと思う。思うのに、オレは抵抗の仕方が分からない。いや、分からないフリをして身を任せてしまっている。
「よし、の」
裏筋を親指の腹で絶妙な加減で撫で上げられるのがすごくダメだった。せり上がって来るものを必死に耐えるけど、そう長くは続きそうにない。
「芳乃ぉ」
「……ヤバいな、これ」
芳乃が何やら呟いていた。
いや、うん、分かる。酔ってるからってこの状況はヤバイよな。でも、なんでもお酒のせいにするの、良くない気がしてきた。でもお酒のせいにしたい。させて。
「はっ、だめ、それ」
絶え間なく上下に扱かれているところに、追いうちのように鈴口をぐりっとされたらもう駄目だった。
「芳乃、もう駄目だってあぐっ!」
限界を迎えたオレは、為す術もなくただ達するしかなく。
白濁が自分の服を、床を、何より友人の手を汚していく。
「は、はぁ、はぁっ」
達した直後の気怠さと鈍くなる思考。そこに身を任せてしまいたい気もした。
でも。
芳乃の汚れた手がそれでもオレのブツを拭おうと動いた瞬間、今まで何サボってたんだとびっくりするくらい素早く身体が動いた。
気持ち悪いだなんて言っていられない。汚れてるのも構わずにそのまま身形を整え、そこらに転がしていたカバンを引っ掴んで。
「か、か、帰る!」
高らかにそう宣言して部屋を飛び出していた。
◆◆◆
「やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった……!」
酔ってたで済ませられるか、こんなの!
熱気を孕んだ夜風では、頬の熱を冷ますことはできない。街灯に申し訳程度に照らされた人通りの全くない路地を全力疾走する。
今が何時かはちょっと分からないけど、オレと芳乃の部屋は十分もあれば行き来できてしまう距離にある。
「うぅ、オレの馬鹿、いや芳乃の馬鹿、二人とも馬鹿!」
明日からどうやって顔を合わせと言うのだ。
どんな言い訳を用意すればいい。酔っててごめんなで済むか?
いや、あれか、抜き合い文化だ。それだ。
いや、オレが一方的に抜かれただけだけど。抜き合いの文化圏に、噂に聞く程度で今までオレ、いたことないけど!
ものすごい勢いで思考が駆け巡る。それをぶった切ったのはスマホの着信音だった。
今、正直電話に出るような余裕はない。でも、こんな夜遅くにかかってくる電話、もしかしたら急用だったり。
そう思って取り出したら、薄っぺらい板に表示されていた名前は“芳乃”。
「まだ何か!?」
噛みつくように先手を切れば、
『律儀に電話出ちゃうんだよなぁ』
向こうからは苦笑の気配。わざわざ出たことを瞬時に後悔した。
「切るぞ!」
『ごめんごめん、一言だけ』
本気で通話終了ボタンに指をかけたのだが、
「どうぞ!」
何かこう、謝罪とか何か場を丸く収めたりうやむやにできたりするひと言が出てくるのかな、とチラッと思ってしまって、相手の発言をひと言分だけ許可したら。
『オレ、彼方のこと恋愛的に好きだから。以上』
とんでもない発言をかまされた。
「はっ!?」
そして次の瞬間切れる通話。向こうから切られた。本当にひと言だけだった。
いや、とんでもなく爆弾級のひと言なんですが!?
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