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第4話 可愛い。

 二年ともうすぐ半年である。  これだけの時間をかけて、勝算のない賭けには出ない。  初めて講堂で顔を合わせた時から、俺にとって藤戸彼方は気になる存在だった。  身長はさほど低くもないが、童顔とオーバーサイズのパーカーのせいか実年齢よりは幼げに見えた。  たまたまそこの席が空いていたというだけのことだが、軽く声をかけると彼方はこちらに向けてはにかんだ。可愛かった。  その後すぐに気付いたが、どうにも彼方には少し人見知りのきらいがあるらしい。可愛いと思ったはにかみも、本人にしてみれば緊張のせいで潰れた下手な笑顔という認識で。  打ち解けてから、彼方のその人見知りは俺の心をくすぐった。初めての人に会う時は自分の後ろに下がりがちになるのだ。周りを警戒する小動物のようで可愛い。  けれど実はそうやって人見知りを発動するのは最初だけで、彼方は初回のハードルさえ乗り越えると割とすぐに周りと打ち解けることができるヤツだった。  最初のあの警戒はなんだったんだと言いたくなるくらい人懐っこい面を見せ、しかも仲良くなって懐に入れた相手にはうっかり情を抱いてしまうタイプ。人選ミスをすると痛い目に遭うやつだ。  心配だなぁと常々思っていた。何せ、既に自分に目を付けられてしまっている訳だし。世の中には人の優しくさを食い物にするヤツらがわんさかいるのに。  こんな様子で大学までの人生、どつやって無事に過ごしてきたのだろう。いや、一回二回理不尽な目に遭ってそうだとも思うけど、その割には擦れてない。  まぁとにかく、俺は彼方の隣に友人枠で自分のポジションを用意して、時折寄ってくるロクでもないのを蹴散らしながら大学生活を謳歌していた。  友達も楽しい。この関係でも得られるものはある。  彼方は(本命にはなり損ねるが)、そこそこの頻度で年上のお姉さんといい感じになっていたし、自分が対象外であることも分かっていた。  でも、本当に一緒にいるのが楽しくて。それが自分の一方的なものって訳でもなくて。 "オレさぁ、いつか、例えばおじいちゃんになって寿命を全うしましたってなったその時に、吉乃に葬式来てもらいたいなぁ。逆もまた然り"  いつだったか彼方がそんなことをのたまった。  あの時飲んでいたのはサイダーだったので、別に酔っての発言という訳でもないんだが、なかなかにいきなりな内容だった。  急に、しかも何故に葬式?  ツッコミどころは沢山あったけど、さらりと人生の最後の最後にまで自分の出番を用意してくれてる、そこまで付き合いを続けたいと思ってくれているんだという事実に、馬鹿みたいに嬉しくなった。  それが例え何の気無しに言った軽い言葉としても、ふと自然にそう言ってもらえるくらいにはかれている訳だ。  だって嫌いなヤツには葬式来てほしくないだろ。  だけどさ、俺は思った訳だよ。友人枠で参列するのはやっぱイヤだなって。全然足りないって。  長生きできる前提で考えたら、あと何十年お前とただの友達続ける必要があるんだ?  親友なんて呼称じゃ、俺が欲しいものに比べて軽すぎる。  だから。  少しずつ、少しずつ。彼方との距離を詰めることに尽力した。  不自然に思われないように、時間をかけて、隣にいるのが当たり前にするために。  元々の性格が性格である。  懐っこく、情に流されやすく、押しに弱い。  俺以外に発揮されたら堪らない性質だが、俺のためにそこを存分に利用させてもらう計画だった。  互いの家に入り浸って、呑んでゲームしてレポート片付けてくだらないことで盛り上がって。肩を組んだりとかちょっとじゃれつくくらいのことをしても、全く嫌がらない。というか、向こうからしてくる。  冬場に帰るのめんどくさいからと狭い狭いと言いながらシングルベッドにぎゅうぎゅうに収まったこともあった。これも全く抵抗感のない様子。それはつまり、そういう対象としても見てないということでもあったけど。  でも、俺と彼方の距離は十分縮まった。友人というには少し行き過ぎなくらいには。  あとはもう、この"友人として大好き"をシフトさせていく段階である。  それであの夜、いい具合に酒が回ってるなぁというところまで利用させて頂いて、行動に出た訳だが。 ◆◆◆  いや、マジで彼方は気を付けた方がいい。人生多方面に気を付けた方がいい。  詐欺とか宗教とか連帯保証人とか。  漬け込んだヤツが言うセリフじゃないけど。  思ってたんだよ、きっと彼方なら律儀に俺の言葉を受け取って、至極真面目に検討するだろうなって。  迷って、悩んで、でも俺のことを、俺とのこれでを惜しんで心を揺らしてくれるだろうやって。  もちろん、何もかもが台無しになる、彼方を傷付けることになる恐怖がなかった訳じゃない。  でも、行動に移した。それが全部だ。しかもかなり強引に。  俺はきっと彼方が無防備に心を寄せるに値しない男だけど。  でも、ここまでしたからには責任は取る。責任、つまりそう、葬式の喪主を務めるところまで込みで。詐欺も宗教も連帯保証人も、(俺以外の)性質の悪い人間は全部蹴散らしておく。安心していい。 「彼方、こっち。顔見せて」  あぁ、心配になるな。俺以外でも彼方はこうなっただろうか。ーーーーなったかもしれないけど、まぁ今ここにない可能性の話はいい。  抵抗って言葉をまるで知らないように好きなだけ口腔を貪られた彼方。照れたように背けられた顔を、顎を捉えてそっと引き戻す。 「あーなにその顔、すっげぇそそる」  そうしたら、とんでもない表情をもろに浴びてしまった。  上気した頬、とろりと潤んだ瞳、半開きの唇から漏れる微かな吐息。  酸欠で意識が少し遠のいているのか、すっかりとろけた表情。  あまりに心臓に悪いし、正直な話下半身もツラい。 「暴力的なまでの可愛さ」 「かわいーは、いらない」 「事実なのに」 「いりません」  不服そうな顔をされるが、正直その顔だって可愛い。  好きな相手が無防備に自分に組み敷かれてるんだぞ。頭の中には可愛いとか好きだとかめちゃくちゃにしたいとか、至極単純は単語しか浮かばない。 「分かった分かった、じゃあ気持ちイイのは? それもいらない?」 「っ…………」  が、本格的に機嫌を損ねると大変なので"可愛い"は心の中に封印することにする。  快楽に弱いのは知っている。俺に触られるのが気持ち悪くないどころか、かなりイイってことも。 「恥ずかしくて言えないって?」  顔を背けられたりするから、真っ赤に染まった耳と首筋が無防備に晒された。 「言わなくてもいいよ。彼方、悪いようにはしない」 「耳許っ!」  囁やけば、身体が小さく跳ねる。 「あぁ、イイんだ?」 「ちが、ぅう! や、っぁ」  探り甲斐のある身体だなぁと更に吐息を吹きかけてやりながら、ズボンの中にお邪魔することにした。  反対の手で、彼方の頭の上にあるチェストからボトルを取り出す。 「わっ!?」  前を弄られていい具合にぽやぽやしていた彼方は、ローションの冷たさと後ろに添えられた指先に目を見開いて縮こまった。なんとなくハムスターみたいだなと思ったが、言ったら怒られるやつだ。 「な、なんつーものを常備して」 「要るだろ」  男同士の行為において必需品である。 「ひう」  ぬめりを十分纏った指先を沈める。ぷるぷるしながらも、彼方は未知の感覚に耐えていた。 「痛いか?」 「痛みより、異物感がすごい」   が、思った以上にすんなりと飲み込んでいく。 「いや、思うんだけど、多分才能あるぞ」 「いらん才能!」  うーうー唸ってはいるが、痛みの方は本当に心配しなくて良さそうだった。快感を感じるにはまだ遠いだろうが、溢れる吐息は熱っぽさを孕んで、時々甘い声も漏れ出た。  これは二本目イケるなぁと、中指も潜り込ませて行く。気が紛れた方がいいだろうと前を触るのとは別に首筋に吸い付いたりしていたのだが、彼方はこちらも大層弱いらしい。びくびく震えるし、その度俺の指を締め付けた。  いや、この身体弱いとこだらけだな、本当に心配になる。 「あの、芳乃芳乃、もしもし芳乃さん? んくっ」 「はいはい、なんでしょう」  二本目をすっかり根元まで飲み込んだところで、涙目の彼方がこちらを見上げた。 「あのですね、あの、あの、さ、さすがに。さすがにいきなり全部捧げる覚悟はないって言うか、いくらオレでもそこまで」 「ふむ」 「お慈悲を」  吹き出しそうになった。言うに事欠いて"お慈悲"ときた。 「分かった分かった、最後までしない。今日は指だけ、な?」 「ど、どうも。恩に着ます」  あぁ本当にチョロい。  今のこれ、どうもなんてお礼言うところじゃないから。恩なんて着ちゃわないでくれ。  でもそんな彼方が可愛くて仕方がないのだ。  追い詰めて、丸め込んで、ちょっとした意地悪をしてやりたくなってしまう。  くるくる回る表情は見飽きない。 「うん、今日は指だけで天国見せてやる」 「はへっ!?」  チョロい彼方の、でも唯一で特別になりたかったのだ。他の誰にも、もうこの席は譲らない。 「楽しみだなぁ?」  にっこり微笑んでやって、俺は彼方の甘く濡れた喘ぎ声にうっとり耳を澄ませた。 ※大学生の長い夏休みが終わる頃にはすっかりばっちり後戻りできないレベルで開発済みです

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