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第3話 うっかり。
「どどど、どんな顔」
相変わらずテクがすごい。嫌悪感はない。気持ち良さだけを教えられる。
目の前にあるのはキュートな女の子の上気した顔ではないけど、イケメンの真剣な眼差しもそれなりに心臓に悪いのだと教えられる。
「ん、んくぅ」
じゅるじゅると唾液を座れる感覚。
オレの唾液なんて飲んで、何が楽しいの。そう言いたくなるけど、嫌じゃないんだ、好きでしてるんだってことは顔を見れば分かってしまう。
言葉になり切らない感情が、吐息に、触れる唇に、掻き回す舌の動きに全て込められていた。
こんなに饒舌で濃厚なキスをした経験がオレには今までない。
「あ、んんっ」
分かってる。
オレが本気で嫌がれば、芳乃はすぐにやめる。
オレが本気で嫌がらないから、芳乃は可能性を現実のものにしようとしてる。この間も、今もそう。
そしてどうしてだかオレは嫌がるという選択肢を持ち合わせていない。いや、性急すぎるだろと思うけど、心の底から拒むには負の方向の衝動が足りていないのだ。
拒めば芳乃が傷つくかもとかじゃない。
オレの方の話。オレ が芳乃を拒もうとしていない。
これは、つまり。つまり、気持ちが傾いているからなのか。
「芳乃……」
それとも単に気持ちがイイから?
「お、男同士なのに変じゃないか?」
「何が?」
すごくすごく気持ちがイイから、快楽に流されて、だから拒まないのか?
「オレ、なんでこんなに気持ち良くなっちゃうの」
別に悪いことじゃないだろうと芳乃は言う。
「正しい触れ方をすれば気持ちよくなるのなんか当たり前だろ。そこに性別なんか関係あるか」
そうかもしれない。
「むしろ、同性である方が実感をもって接することができるんだから、より気持ち良くてもおかしくない」
そうかもしれない。
下肢の付け根がじんじんする。あの晩のことを嫌でも思い出してしまう。扱かれた時の快感も。
煩悩だらけだからそう思うのか。
「彼方、頭空っぽにして」
「んん――っ!」
そう告げられたと思ったら、芳乃のキス攻撃がいきなり激しさを増した。
「んう、うー! んむぅー!」
喉の奥まで塞ぐ気なんじゃというほどの激しい口付け。官能を引き出す一方で、意識の方は僅かに遠のく。シャツの裾から忍び込んでいる手には、最初気付かなかった。
「う、あ……」
でも胸の頂きをカリッと引っかかれた瞬間、細く鋭い痺れが背中を走った。
「ん、んくっ!」
口を塞がれているので、まともな言葉は出てこない。
待って、今何が起きた? え? 乳首触られて。それで?
「んぁ、あっ」
こんなところで感じたことなどほとんどない。だけど芳乃の指がくにくにと柔らかく捏ねたり、時折意地悪くきゅっと摘まんだりする度に、ぞわりと肌が粟立った。
「んんぅ!」
「……勃ってきた」
「うぅ!」
言うな! と叫ぶつもりが、情けない喘ぎ声しか出なかった。
ヤバイヤバイ、何が起きてる。待って今、開発されちゃってる? これ、ヤバイ感じじゃない?
オレの乳首に一体どんなポテンシャルが!?
混乱しているうちに、シャツを捲られ今度はねろりとそこを舐め上げられた。
「よ、芳乃、これは駄目なヤツ、オレが後戻りできなくなる予感んんぁあ!」
吸い上げられて、意識が飛びそうになる。胸だけで、こんなことになるなんて。
「彼方」
顔を上げた芳乃がにっこり笑う。
あ、これ、駄目なヤツ。企み事で頭いっぱいの顔。
「身体が感じることにだけ集中して」
そわり、ズボンの内側で狭いと訴えるふくらみを撫で上げられる。
「彼方、俺でいっぱい気持ちよくなって」
甘く蠱惑的な声で、悪魔が唆して来る。
「んん、あ、あう、っは!」
乳首、舐め回されて。屹立を拭くの上からすりすり刺激されて。脇腹に添えられた手にさえ、ぞわりと肌は震えて。
ヤバい、これはヤバい。
身体が感じること?
どこもかしこも快感だらけでヤバいけど、でも今一番ヤバいとこって言われたら間違いなく心臓だ。
締め付けられてきゅうきゅう鳴いてる。この感覚を無視できない。
だって、ただ気持ちイイだけじゃない。きもちーだけで心臓はこんな反応はしない。そうじゃ、なくて。これは。
これは――――
「うあー! バカ! 気付かせんな!」
「いきなり何」
オレがいきなり大きな声を上げたので、さすがに芳乃も容赦のない愛撫の手を止めて、こちらの顔を覗き込んできた。
やめろ、そのイイ顔をこっちに近距離で向けてくれるな。
「お前っ、なんてことしてくれたんだ……!」
「えぇ?」
「気付いちゃったじゃんかよ!」
気持ちイイのは確かだけど、それは別に全部じゃなくて。
というか、気持ちイイって思っちゃうには、そこに土台があるからで。
男と恋愛できるかどうかなんて、よく分からない。自分の中に戸惑いだって当然ある。
「愛おしいとか、嬉しいとか、そんなこと自覚させんな、それでなくてももう諸々パンク寸前だってのに、これでオレの心臓が潰れたらどうしてくれるんだ」
でも、ここまでされて嫌じゃないのは、相手に相当な好意があるからだ。多分そう。
だって余裕なフリして、でもオレのこと捕まえようとホントは必死な姿を見ていたら、思わずきゅんとしてしまったのだ! うっかり!
「彼方の? 心臓が? 俺のせいで潰れそうなの?」
他がどうかは知らないし、知る必要は感じていない。
でも、芳乃だったらイケるような気がする。そう思ってしまった。
「ちょっと刺激が強すぎた……という意味ではなく?」
幼い頃から見知った仲とかじゃないけど、それなりに芳乃のことは知ってる。これだけ仲が良かったんだから、お互いのことは把握できてる。
頭の回転が速くて、何でもソツなくことなしてみせる男だけど。敢えてそう見せているだけの時もあることを知っている。
真剣な時こそ、その重さを相手に気取られないようにするのも知ってる。
軽いヤツじゃないこと。清水の舞台から飛び降りる覚悟で、本当は一歩踏み出して来たこと。
だから今、オレの言葉にそんなにもろに顔を赤くしたりしてるんだろ。
「俺の存在が、彼方にそんな影響及ぼせてるってこと?」
でも、芳乃が素直に感情を見せたのはその一瞬だった。
「へぇ」
照れ顔が一変、何やら腹黒い笑みに切り替わった。
そわり、豊の指がみぞおちから右胸をそわりとなぞる。
「ひぅ」
オレの心臓の上でくるくる、さわさわ、微風が滑るように徒な指先が踊る。
「それ、やめ」
やけに楽しそうな顔を見て、あ、今、失言した? と思い当たる。
いや、自覚ないけど、もしかして何か煽るようなこと言っちゃいましたかね。
「あぁ~」
肩口に顔を埋めて来た芳乃が急に息を吐き切るのと一緒に大きな声を上げる。
それから言った。
「ホントマジで可愛いな」
「はっ!?」
可愛い? まさかオレが?
一瞬空耳かと思ったが、この状況でまさか他の何かに向けられた言葉であるはずがない。
可愛いなんて言われて嬉しいはずがないのに。はずがないだろ、しっかりしろ、オレ。なのになんで心臓きゅうきゅう言わせてんだ。
「切実に好きなんだけど」
「うぐぅ」
だけど更に追加でそんなセリフまで投下されて、オレはもう呻くしかなかった。
生まれてこの方こんなに好き好き言われた記憶がない、耐性がない、やめろ、やめてくれ。
しかしですね、皆さん、これはまだ序の口だったのです。
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