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第3話

   びしっと空気が凍ったように感じたのは、一体なんなのか。  (かのと)の頭の中では、香彩(かさい)が放ったある言葉がぐるぐると回り、反芻していた。  硬くて痛かったのは、石板だ。 「き、気を付けて下さいねー」  言葉をかけることが出来たが、果たしていつも通りの声が出たのか、叶自身には分からなかった。  こちらを爆撃したつもりのない香彩と咲蘭(さくらん)からは、はーいと元気で明るい返事が返ってくる。  再び沈黙が温泉内に降りた。  竜紅人(りゅこうと)(りょう)が、しゃかしゃかと身体を洗う音以外、特に何も聞こえない。  ようやく静かになって落ち着いて湯を楽しむことが出来るかと思いきや、静かになったらなったらで、仕切りの向こうが気になって仕方がない。  姿が見えない分、余計に。  気にしないでおこう、気にしたら余計に気になる。 「……後悔してるんじゃないのか」  叶の少し離れた横で、目を瞑りながら浸かっていた紫雨(むらさめ)が叶に話かける。 「何がです?」  絶妙な頃合いで声をかけてくるものだ。  叶は小さく息を吐いて、紫雨を見る。 「あなたこそ、後悔してるんじゃないんですか?」 「さぁ、どうだろうな。組み分けに間違いはないと思っていたが、いっそのこと貸し切りを三つにすればよかったと、一瞬は思ったがな」  紫雨は、叶ににやりと笑いそう言った。 (お、温泉の貸し切りを三つ……)  そうすると二人ずつで入る計算になる。  あとは組み合わせ、と考えて叶の顔に赤みがさした。  その様子を見ていた紫雨は、くつくつと声に出して笑う。 「それだと、意味がないだろうが」  まぁ、俺は構わんがなと笑う紫雨に、叶はむっとする。 「かまわないというのでしたら、今からでも療と香彩を入れ替えますか?」 「療と咲蘭でも構わんぞ」  叶はくっと奥歯を噛みしめて黙る。  両者の間に再び沈黙が流れた。  その時だった。 『や……ちょっとそこくすぐったい!』 『ほらちゃんと座ってじっとして。頭が洗えないでしょう? こっちを向いて』 『耳の裏とか横とか、だめなんだってば!』 『何がだめですか? ちゃんと洗わないいけませんよ』 『だめだって……や、ぁっ……、あ、痛っ、石鹸が目に入ったぁ』 『だからじっとしてなさいって言ったじゃないですか。ほら……見せてみて』 『ん……』 『これで……大丈夫?』 『うん。ありがとう……咲蘭様』 『ほら、ちゃんと大人しくして……』                        「えっ!?」  温泉から上がって、咲蘭に髪の毛を綺麗にまとめてもらい、ほくほくの上機嫌の様子の香彩と、湯上がりの艶やかな姿の咲蘭が聞いたのは、紫雨と叶が湯に逆上(のぼ)せてしまい、脱衣所横にある休憩処で安静にしているということだった。 「紫雨と叶様大丈夫なの?」  ふたりが休んでいる部屋の入口で、香彩が竜紅人に問いかける。  竜紅人は大きく溜息をついて横にいる療に話かけた。 「脱衣所に上がった途端だもんな、ばたんっていったの」 「そうそう。オイラびっくりしちゃった」  珍しいこともあるものだと香彩は思った。 「ま、今んとこ冷やして寝かしてるから。もう少し回復したら水も飲めるだろうし、大丈夫だ」  竜紅人は部屋の中のふたりの様子を伺うような様子を見せたかと思うと、香彩と咲蘭に少し近寄るように、手で来い来いという仕草をする。  そして耳打ちでこう告げたのだ。 「やりすぎたな。おっさん達にはちょっと、刺激的だったみたいだぜ……おふたりさん」

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