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三年前のはなし①
「一本ちょうだい」
珍しいこともあるもんだなと思いながらも、「ん」と向原は煙草の箱を差し向けた。一年ほど前ならいざ知らず、最近はやめると言っていたのに。
同じことが思い浮かんでいたのか、屋上のフェンスにもたれかかっていた篠原が眉を上げる。
「おまえ、皓太にすげぇ顔されたからやめるって言ってなかった?」
「あー……、あれね。うん、ちょっとひさしぶりに心折れそうになった」
「そんなかわいげないだろ、おまえ」
「あるよ。皓太かわいいもん。あんな『え』みたいな顔されるとは思わなかった。おまけに聞いちゃ駄目だみたいな顔でスルーされたし。ふつうにショック。長年の俺のイメージが」
積み上げるのは時間がかかるのに、崩れるのって一瞬なんだよなぁ。あたりまえのことをぼやきながら、紫煙を吐き出している。その様子を苦笑いで見つめていた篠原が手すりで灰を叩いた。
「そりゃ、おまえから煙草の匂いしたら『え』になるだろ。っつか、なに。そんなにきてんの。おまえ苛々すると吸うじゃん」
「あー……」
指摘を受けて、成瀬が困ったふうに笑った。
「そういうわけでもないけど。まぁ、ちょっと息抜き」
吸いさしから立ち上る煙が、雲ひとつない初夏の青空に混ざっていく。その煙の行方を追いながら、まだ息抜きになってるわけだ、と呆れ半分で向原は考えていた。
日差しを遮るものもなにもない屋上にこうして集まる時間は、珍しいことではなかった。息抜きになっていたことも事実だろう。少し前までだったらば。
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