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三年前のはなし④
「その一年も、向原の圧に負けないあたり根性あるみたいだけど。でも、だからって」
「大丈夫、大丈夫。柏木には茅野がいるし。行人には皓太がいるし」
「……おまえ、それ絶対柏木には言うなよ。あと茅野にも」
「言わないって、さすがに」
「言いそうだから言ってるんだろうが」
心底うんざりしたといった調子で、篠原が天を仰いだ。諦めたらしい。
「おまえのその無神経、計算なのか天然なのか謎すぎてたまにマジで怖い」
天然が混じってるから、最悪なんだろ。そう揶揄する代わりに、向原は二本目に火をつけた。
自分に向けられる悪意にも、好色な視線にも敏感に気がつくくせに、純粋な好意にだけ信じられないくらい鈍感なのだ。
素の自分を好む人間などいるわけがないと、そう思い切っているみたいに。
「なに?」
向けられた愛想のいい笑みを見下ろしたまま、「べつに」と短く応じて煙草をくゆらせる。こういった含んだ視線にはすぐに気がつくんだな、と思っただけだ。
「篠原の言うとおりだなって思っただけ」
まっすぐにこちらを向いていた瞳が、ふっと手元に逸れた。そのまま誤魔化すように吸いさしを口元に運ぶ。
「そうかな」
そんなことないと思うんだけどな、という苦笑まじりの応えは完全にいつもどおりのものだった。
篠原に、だからそう言ってるだろ、と呆れたふうに繰り返されても、軽い調子で笑っている。その横顔から視線を外して青空に向ける。予鈴が鳴る音が響き始めていたが、戻る気配は誰も見せなかった。
いっそのこと、ぜんぶ計算だったらよかったのに。諦め半分でそう思いながら、向原は煙草をもみ消した。
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