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瞳に一番星③
そっと静かに瞳が瞬く。それだけで身に纏う空気が変わった。いつものことだ。先ほどまであった揺らぎの消えた、迷いのない瞳。その瞳が、いかにも柔らかくほほえむ。いつものことで、何度も見てきた顔だった。
近づきすぎたなにかを正すように、あるべき場所に押し戻すように、きれいに線を引き直す。そうやってリセットされるさまを、向原は目の当たりにし続けてきた。
寮の部屋や生徒会室で、ふたりになるタイミングがあったとき。ふとなにかが変わろうとする瞬間を、この男は絶対に見逃さなかった。そうして、荒立てずに流すことを選ぶのだ。こんなふうに。
「向原の目って、きれいだよな」
目蓋の裏に浮かんだのは、不思議なほど他意がなかった、いつかの笑顔だった。もう何年も見ていないものを思い出したのは、聞き覚えのある賛辞だったからかもしれない。
あのころの成長し損ねた幼さのかけらのようだったものは、ただのカードに成り下がっていたけれど。
完璧につくられた笑顔が、だから、おまえは信頼を損ねることはしないだろうと言っていた。
あの人、すごい目がきれいなんだ。嘘もなにもないって感じがする。崇拝するような瞳で後輩がそう評していたとき、向原は失笑を呑み込めなかった。どこかで聞いた台詞だったからだ。向き合う相手の本質ではなく、自分が投影している理想を見ているだけの、薄っぺらい賛辞。
嘘がない人間なんて、いるわけがない。迷わない人間がいないのと同じように。
迷う。揺れる。それでもギリギリで踏み止まり続けていた理由がなんなのかは、もうお互いに知っていた。
きれいで嘘もなにもないらしい瞳を見つめたまま、呆れたふうを装って笑う。もう少しだけ、今を維持するために。
「おまえは苛烈だけどな」
予想外の言葉だったのか、成瀬が首を傾げる。それ以上のことは答えないまま、向原は視線を外した。
もうずっと見てはいない。けれど、はじめに興味を抱いたのは、優しそうな瞳の奥に隠されていた、苛烈な光だった。
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