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夜明け前②
「……なんか、ものすごい嫌な夢見たな」
まだ外は暗い。ひとりごとがこぼれてしまって、皓太は部屋のなかを見渡した。同室者の既読正しい寝息が聞こえて、ほっと安堵の息を吐く。
眠りが浅いことは知っている。誰よりも朝が早いことも知っている。だからこそ、この部屋にいるあいだくらいは安心して眠ってほしいと願っている。
――榛名が知ったら、嫌な夢どころか羨ましい夢って言うだろうけど。
悔しがりそうな姿が簡単に浮かんで、ふっと笑う。この同級生にとってはどうでもいいことだったんだろう。あの人がアルファだろうが、オメガだろうが。
その証拠に、春案の成瀬に対する態度は変わらない。それが正しいことなのだとわかっているし、自分もそうでなければならないとわかっている。ただ。
そこまで考えて、いやと皓太は思い直した。自分が抱えている感情は言葉にするのなら一番近いのは罪悪感だ。榛名とは違って、向原とも違って、――おそらく茅野や篠原とは似ている。つまり、そういう、こと。
嫌だな、と思った。なにに対してかはわからなかったけれど。
そっとベッドから降りて、窓辺に向かう。榛名は起きない。その信頼はうれしかった。カーテンを少しめくる。夜は深かったが、目を凝らしているうちに桜の大木がぼんやりと浮かび上がった。この寮のシンボル。ゴールデンウイークに、あそこで花火をした。まだそんなに時間は経っていないはずなのに、ひどく昔のようだった。
――あまい、におい。
そんな話を、向原とした。
あのころからずっとそうして守っていたのだと知ったのは、ごく最近のことだ。
この学園は変わるのだろうかと成瀬に聞いたことがあった。そのとき成瀬は大丈夫だといつもの顔で笑った。自分がいるあいだくらいはどうとでもしてやると。
茅野は、成瀬が水城に負けるわけがないと請け負った。たかだか一年に成瀬が負けるわけがないとそう言った。
篠原は、水城の対抗馬に自分がなることを望んでいるようだった。現状を守るために。
向原は、その現状を壊したいのだろう。その道を選んだ理由は、皓太にはわかる気がした。
皓太は、今を守ろうと決めた。大事なものが見えたからだ。だから、そういう意味では誰の言うこともわかるような気はするのだ、本当に。
無言でカーテンを閉める。けれどすぐにベッドに戻る気にはなれなくて、皓太はじっとなにかを考えて続けていた。正解なんてどこにもないのかもしれない、なにか。
明けない夜は、この世には存在しないのだ。誰かにとっての夜が明けないまま閉じていくことは、ままあるのだろうけれど。
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