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寝息を頂く幸福⑤
「そう。お兄ちゃんはあんまり寝ないって」
正確には、近づいたらすぐに起きるし、夜も遅いけど朝も早いから、寝てるイメージ自体がない、という話だったのだけれど。説明の足りていない台詞でも、向原には伝わったらしかった。あぁ、と納得した様子で笑っている。
「寝ないってことはないと思うけどな。ただ単に眠りが浅いんだろ」
「どうして?」
「なんでだろうな。まぁ、そういう体質だってことかもな」
皓太の疑問をさらりと流しながらも、その指先はあいかわらず優しく髪を梳いていた。なんとなく、その指先から視線を外す。自分が見るものでもないような気がしたのだ。
――そういう体質、かぁ。
でも、この人が言うのなら、そうなのかもしれない。寮ではどうなのかな、と言っていた絢美は少し心配している様子だったけれど、それもきっと問題はないのだろう。無用の心配だということを、帰ったら教えてやらないと。そうしたら、抜け駆けして着いて行ったことに対する機嫌も直るかもしれないし。
そんなことを考えながら、「ありがと」と皓太は言った。その言葉に、ゆっくりと向原の顔が上がる。
「なにが」
「ん? なんだろ。俺の相手してくれて?」
よくわからないが、たぶん、そういうことだと思うし、そういうことだったつもりだ。首を傾げると、もの言いたげだった雰囲気がゆるむ。
「寝れそうか?」
「うん」
おやすみ、と小さな声で挨拶を紡いで、皓太は立ち上がった。潮時だろうなぁということもわかったし、これ以上邪魔をする気もなかったので。
入ってきたときと同じように静かに扉を閉めて、外に出る。あと少し先の春がなんだか妙に待ち遠しかった。
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