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御礼小話①
「同じ部屋がいい」
「……」
「同じ部屋がいい」
「真顔で二回も同じ台詞を繰り返すな、聞こえてる」
無視することを諦めて、そこでようやく茅野は顔を上げた。誰と一緒がいいんだ、などということは確認するまでもない。
一年足らずの付き合いではあるものの、この男がそういう意味で執着を示す人間はひとりしかいないと知っていた。
「向原」
うんざりとした態度を隠す気もないまま、そう呼びかける。ろくでもない話だと踏んで、目の前の椅子を引かれたときから無視を決め込んでいたのに、なんの意味もなさなかった。
「というか、なんで、そういうことだけ妙にまっとうに俺に言うんだ。上に言え、上に」
どうとでもできるだろう、とおざなりに言い捨てたものの、事実である。そういう男なのだ。手に入らないものはないと思っているような。
性質の悪いことにそれも事実でしかないのだが、ここにいるアルファなんて大なり小なりそんなものだろうと茅野は思う。おまけに、そのアルファの中でも飛び抜けた才覚を持つ人間であれば。
「このあいだ、ひとつもみ消してやったよな」
ほかに人気のなかった談話室に、その声はいやに響いた気がした。
「その前にも、俺がしたことにしておいてやったことあったよな」
「……誰が頼んだって?」
「でも、そのほうが良かっただろ、都合」
まぁ、大変都合が良かったことは、事実ではあった。遺憾ではあるが。沈黙を肯定と正しく捉えた向原が、ここぞと笑みを浮かべた。腹の立つことに、こういった静かな、それでいて威圧感のある微笑がはまる顔をしている。
――将来が恐ろしいやつだな。
そう悪いやつでないことは承知しているので、構わないと言えば構わないのだが。
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