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第7話
翌日、早速退職届を出し、退職できる月末までは溜まりに溜まった有給を使って休むことになった。
辞める事を伝えるのはなかなか緊張したけれど、「秘密でずっと電話を繋げてようね」と朝からホワホワな侑生に言われ、そうしていたおかげではっきりと伝えられた。
そこで最後の一撃と言わんばかりの暴言を吐かれたが、これで辞められるんだと思うと清々しかった。
手続きを済ませて荷物を纏め、すぐに会社を出る。
繋げっぱなしだったスマートフォンをポケットから出して「侑生?」と声を掛けると甘い声が俺の名前を呼んだ。
「お仕事、頑張ったね。偉かったね。一人で帰ってこれそう?迎えに行こうか?」
「……」
「洸ちゃん?」
「……ん、大丈夫、帰れる」
侑生は俺が何をしてなくてもいつも褒めてくれる。
けれど今回は珍しく俺も頑張ったと思うので、その言葉が胸に滲みて涙が出た。
視界がぼやけて、声が震える。道の隅っこに移動して鼻をすすると、電話口からガタガタと音が聞こえた。
「侑生……?」
「近くにカフェあるよね。そこに入って待ってて。」
「え……一人で帰れる、けど……」
「待ってて」
「……わかった」
近くのカフェに入って、珈琲を頼みとりあえず迎えに来てくれるらしいので待つか、と息を吐く。
電話はまだ切れていない。勝手に切ってはいけない。
「侑生も来るなら、何か頼んどこうか?」
「ううん。すぐ帰るから大丈夫」
「あ、そう。仕事あんの?」
「違うよ。洸ちゃんと二人で家に帰るよ」
「ああ、なるほど。」
珈琲が運ばれてきて、それを飲みながらぼんやりとスマホを眺める。
時折侑生はミュート機能を使うから、そう言う時は仕事の話をしていたりするんだろうなと思う。
珈琲がそろそろ無くなる頃、「着いたよ」と言う声と同時にカフェのドアが開けられた。
スーツを着た格好良い姿に胸がドキドキする。直ぐに俺を見つけて手を振ってくるから、慌てて荷物と伝票を持って会計に向かった。
会計をしているとドア付近で待っていた侑生が近付いてきて俺の荷物を取り、お金をトレーに置いて先に店を出て行った。
スマートな動きに感心したのは俺だけではなく、お会計してくれていた女性の店員さんもうっとりしていた。でも残念。彼は俺のです。
追いかけるように店を出ると高級車の横に立っていた侑生がヒラヒラと手を振る。
後部席のドアが開けられ、中に入ると強面の運転手さんがいて驚いた。
侑生一人で迎えに来てくれたのだと思っていた。
「あ、え……」
「俺の部下。怖がらなくて大丈夫だよ。」
「……部下」
「うん。出して」
隣に座った侑生がそう言うと車が動いた。
ほぇ……と間抜けな顔をしていると、侑生が俺の手を握る。
「お疲れ様」
「うん。ありがとう」
「明日からゆっくりできるね」
「侑生も?」
「一緒にいてほしい?」
侑生がそう言うと、不意に視線を感じた。
その方向に目を向けると運転手さんがルームミラー越しに必死で俺と視線を合わせようとしていて。
きっとこれは多分、『やめてくれ』ということだろう。侑生には侑生の仕事がある。
「……もちろん、いてほしいけど、侑生も仕事があるだろ。そっちを優先して。俺は職探しするから」
「もう働かなくても俺が養っていけるよ……?」
「侑生の重荷になりたいわけじゃない。それにやっぱり、外に出て誰かと話したり何かしらやるべき事がないと俺は嫌だ。」
「……わかったよ」
ちゅ、と頭にキスされる。
恥ずかしい。運転手さんが慌てて目を逸らしていた。
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