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ep.15
病院からの帰り道、手を繋ぎたがる柊一に黙ってアーチボルドは従った。
「ほんと、いつまで経っても柊一は俺離れしない」
呆れるようにアーチボルドはため息混じりにそう告げるが、満更でもないことくらい柊一はとっくに知っている。
「そうだよ、俺はアーチーの番だもの。命果てるまで離れません」
相変わらず恥ずかしげもなくこの男は──とアーチボルドは横目で柊一を見た。
「何でずっと黙ってたの。さっきキイチの言ってたこと」
「何でって、親として向き合っただけのことだし、特別なことじゃないでしょ?」
「でも俺はびっくりした。お前はいつも二人には甘いと思ってたから」
「甘いよ、だけどアーチーに楯突く奴は許さない」
「楯突くって、自分の子どもだぞ?」
「関係ない。自分の子どもだから尚更」
歩くのを止めたアーチボルドに向き合って柊一は真っ直ぐその目を見つめた。
「アーチーがあの子たちのために何を犠牲にしてきてのか、あの子たちは知らないから」
「犠牲? そんなの、なにも……」
「嘘。アーチーはそもそも空手をしに日本に来た。だけど妊娠したせいでその全てを失った。俺が失わせた。キイチがいなかったら次のチャンスだって早くに掴めたかもしれないのに、俺は……」
「やめろよ! コーイチを妊娠したのは予定外だったとしてもすべては自分達の責任だ。コーイチに非なんてない! それにキイチの時も違う。妊娠するとわかってて俺は柊一といた。わかってて番になって、それで産んだんだ。空手は誰かに教えられるだけで十分なんだ、それは本当だ。それを犠牲だなんて一度も思ったこと、俺はない!」
「……ごめん、怒んないで……俺が勘違いしてた。ごめん……」
柊一は叱られた子どもみたいに俯いて自分より背の低いアーチボルドの肩に顔を埋めた。仕方なくアーチボルドはその身体を抱き寄せ、柊一の頭に顔を寄せる。
柊一は愛しいΩの香りを胸一杯に嗅いで、深くため息をついた。どさくさに紛れて細い腰を抱き締め、首元から覗く肌に唇を当てる。
「くすぐったいよ、柊一……」
小さく笑うアーチボルドは何十年経ってもまだ柊一 の正体に気づいていないのだ──。
自分以外のものを見ないように二人目を妊娠させて、全てを自分とその血を継ぐもので繋ぎ止めた。息子二人にΩを溺愛させて自分のいない間、他者から守り抜かせた。
二人のα は幼い頃からの教育の賜物で絶対に柊一に逆らうことが出来ない──そして溺愛する母親から離れることも出来ない。
それら全ては彼らの無意識の中にあるもので、彼ら自身にその意識も意図もない。そういうふうに柊一が育てた。
──この群れのリーダーとして。
「ねぇ、やっぱ三人目……作ろうよ、俺寂しいな……」
あざとい声で柊一が甘えるが、アーチボルドはその頭をはたいて大きい身体を離す。
「ダメって言ったろ、しばらくは孫の面倒見るのに忙しくなるんだからそれで我慢しなさい」
アーチボルドに手を引かれて背後で不満を垂れながらも柊一は仕方なく納得した──フリをしてみた。
「絶対欲しくなると思うなぁ〜アーチー子ども好きだもん〜」
「ここにデカいのが既に一人いるから大丈夫です」
「あー、そーいうこと仰います? 俺はアーチーの番であって子どもじゃなーい」
「よく言うよ、全く。お前が昔から一番手がかかる! 子どもたちなんかよりずっと嫉妬深くて独占欲の塊で、本当いい加減落ち着いてほしいくらいだ」
柊一は思ったよりも自分の腹の中を知っていたΩに半分驚いたが、そんなわかりやすい自分のダサさに半分落ち込んだ。
「柊一は、俺のことになると全然スマートじゃない。出会ったあの頃から、不器用で愛しい男だよ」
出会った頃からのことを思い出しているのだろうか、アーチボルドはくすくすと笑いながら柊一の前を歩く。
「そんな可愛いこと言わないで、無茶苦茶にしたくなる」
「"やっぱり俺はαが嫌いだ、傲慢でΩのことを服従させることしか頭にない──"」
振り返ったアーチボルドが口の端を上げながらそう告げた。
「久しぶりに聞いた、それ。でもやっぱちょっと違うな」
「なに?」
「傲慢だけど──ひとりのΩに愛されることしか頭にない、が本当──」
「──確かに、そっちの方が柊一には馴染むかも」
病院の中でキスするのは憚るアーチボルドだったが、一般的な日本人ほどクローズでもなくて、歩道で口付けてくる夫を素直にそのまま優しい笑顔で受け入れる。
歳を重ねてもアーチボルドの美貌は周りの人からすればとても目を引くもので、時折すれ違う人が驚いて目立つ二人を眺めていたが、柊一は昔から目の前のΩのことしか見れない男なので全く気にも留めていなかった──。
「早く帰ってアーチーとゆっくりしたいな」
「その笑顔の裏に何か牙が隠れてそうだが、俺は孫が産まれるまで気が気でなかったからさっさとゆっくり寝たいと思ってることだけ伝えておく」
「アーチーのケチー」
「お前は一度座禅でも組め、少しは年相応に煩悩の数を減らせ」
「まだ41だよっ、俺たちっ」
「日本では初老っていうんだろ?」
「そんな日本語知らなくていいから! そして面白がらないっ!」
二人は笑いながら手を繋ぎ、再びゆっくりと自分たちの巣へ帰るべく並んで足をすすめた──。
*end*
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