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Day1 - かわいいこ

 自分を変えたかった……なんて言葉は、凡庸で、ありふれていて、誰でも思いつくような、面白みのないものなのかもしれない。  それでも僕は、心の底からそう思っていた。  引っ込み思案で何もできない自分を、変えたかったのだ。 *  ――ETPアクターズスクール BL杯  僕は、配布されたしおりを握りしめて、豪華なホールの真ん中にいた。  周りは皆、有り体に言ってしまえば、イケメンだらけだ。  有名俳優養成学校のなかでも、なんとしてでもデビューを勝ち取りたいメンツだけが揃っている。  きらびやかなホテルにふさわしく、誰もが輝きのオーラを放っていて、僕はとことんこの場にふさわしくなかった。  BL杯は、このスクールの目玉イベントのひとつだ。  参加者同士で擬似カップルになり、7日間を過ごし、その様子が24時間配信される。  一般視聴者たちから投げられるポイントで1位になると、デビュー確定。  歌が下手だろうと演技が未熟だろうと、関係なし。  下克上イベントとも呼ばれている。 「ふぅ……」  僕は、天井のシャンデリアを仰ぎ見て、密かに息を吐いた。  スクールが所有する山奥のホテルを貸切。  きっと儲かるのだろうし、スクール側の気合いのほどが、見てとれる。  参加者のほとんどは高校生から20代前半で、既に注目を集めているような人もいれば、冴えない成績の者が起死回生を願ってエントリーしている場合もある。  僕はどちらかといえば後者。  でも、絶対にデビューをしたいというよりは、場違いな環境でくすぶり続けている自分に、ラストチャンスを与えるような感覚で来た。  自分に自信をつけたいなんていうしょうもない理由で入学して、当然のようにうまくいかなくて落ちこぼれて、どんどん自信をなくして。  高2の春から入って約半年。  もうやめようかななんて、何度思ったか分からない。 『おまたせしました! まもなく、カップリングタイムが始まります!』  スピーカーから快活な声が響いて、周りがざわめいた。  首をすくめたまま様子をうかがうと、既に、視線で静かな攻防が始まっている。  品定めする目、牽制(けんせい)する目、熱望する目、排除する目……。  いずれにせよ、どれも僕にはかすりもしていないようだった。  誰も僕のことなんて、見ていない。  そりゃそうだ。  誰を相棒にして擬似カップルを演じるかで、未来の運命が決まってしまうのだから。 『いまから10分間で、カップリングを組んでもらいます。参加者は100名。基本的に早い者勝ちですが、もちろん、当人同士での交渉は可能です。この場は配信しませんので、スクールの内情や個人の展望などが漏れる心配はありません。悔いのないよう、相手を選んでください』  ボーン、ボーン、と、重厚な掛け時計の音が聞こえて、パートナー探しが始まった。  皆が一斉に動き出す……のに、僕は、ホールの中央で固まったまま、動けない。 「よぉ! お待たせ!」 「あはは、誰にも捕まらずに来たな」 「当たり前だろ、お前と組むって決めてたんだから」 「ねえ、君、綺麗な顔してるね」 「ども」 「会場入ったときに、ぱっと見で惹かれてた。組まない?」  気心知れた風のふたりが拳をぶつけ合ったり、初対面らしい人がナンパよろしく口説いたり。  自分が受けなのか攻めなのかは決まっていないので、方向性の希望が噛み合わずのちのち大げんか……なんてこともあるらしい。  相手は重要だ。  知名度がある人は争奪戦だというし―― 「あの」  背後から呼びかけられて、弾かれたように振り向くと、誰かの胸に思い切り額をぶつけた。 「わっ!」 「おっと。ごめん、大丈夫?」  そう言って気遣わしげな目線を向けてきたのは、精巧な人形のように整った顔立ちの人だった。 「ごめん。急に声かけて、びっくりさせちゃったよね」 「あっ、いえ、すいません、こっちこそ……」  無駄にぺこぺこ謝りながら、胸についた名札を見る。  ――俳優一科 水戸(みと)慶介(けいすけ) 16歳  僕と同い年だなんて信じられないくらい、落ち着いている。  陶器のような滑らかな肌、真っ黒な瞳がはまった形の良い二重の目、艶めくボブヘア。  すらりとした体躯。僕より頭ひとつ分近く、背が高い。  なんだろう。派手にしているわけではないのに、人を惹きつけるような華やかさがあった。 「相手、決まってる? もしまだだったら、俺と組んで欲しくて」 「えっ……、ぼ、僕ですか? 相手はいないですけど、その、」  もっと良い相手の方がいいのでは? と、思ってしまった。  はっきり言って、もったいない。  僕なんかと組んで潰していい才能でないことくらい、何も見なくても分かった。  しかし水戸くんは、ほんのり笑いながら、ゆるくかぶりを振った。 「君がいい」 「あの、僕、俳優三科なので、全然デビューとか程遠いし……」 「知ってるよ。森山(もりやま)理空(りく)くんだよね。三科が隣の部屋でやってるときとか、君のことよく見かけて。それで、ずっといいなって思ってた」  優しく微笑まれて、ドキドキしてしまう。  全然よくなんかない。  一番下のクラスで、それでもいつも授業についていけなくて、先生やクラスメイトに迷惑ばっかりかけて。  絶対僕なんかより他の人の方がいいはず。  それなのに水戸くんは、僕の右手を取り、お姫様を迎えにきた王子みたいな口調で言った。 「君と天下を取りたい。だから、俺と組んでください」  周りの視線が、僕に集まる。  驚愕の目、好奇の目、(さげす)む目。  怖い――そう思ったけれど、ここで断ったら、もう自分は終わりだと思った。  こんなことにも勇気を出せないのでは、生きていけない、と。 「よ、よろしくお願いします」  こわごわ返事をすると、水戸くんは、花の咲くような笑顔で「よろしく」と言った。

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