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 何が起きたのか分からないまま、僕たちは、7日間を過ごす208号室に通された。 「うわー、すごい。こんな広いベッドはじめて見た」  水戸くんは素朴な感想を述べながら、荷物を床に置いた。  部屋のほとんどは、キングサイズのベッドに占められている。  その横にサイドテーブル。  右側の壁はディスプレイになっており、ここで、視聴者からのチャットが見られるらしい。  トイレとお風呂もついていて、そちらは当然配信されないので、ふたりで作戦を話したいときはお風呂に行けばいいと、しおりに書いてある。 「配信スタートまであと15分。それまで、お互いのことを話そう」  ふたりでベッドの上に座り、向かい合う。 「改めまして、水戸慶介です。都内の私立高校に通ってて、スクールは中1から入ってるから、4年目。今年ようやく、俳優一科に上がれたところ」 「僕は、森山理空で、通信制高校の2年で、……ずっと三科。あんま向いてないのかも、あはは」  いきなりネガティブなことを言ってしまって、不安にさせたかもしれない。  慌てて訂正しようとしたけれど、水戸くんはにこにこしていた。 「俺、理空のこと知ってたよ。物静かそうだし、まさかBL杯にエントリーすると思わなかったら、会場入ったときびっくりしちゃった」 「いや……なんか、チャレンジしてみよっかなって」 「デビュー、真剣に目指してる?」 「できたらいいなって思うけど、でも正直、自信ない。ごめんね、始まる前からこんなこと言って」  どうせすぐ分かってしまうだろうし、早めに告げておいた方がいいだろう。  ひとりでに、声が震えてくる。 「正直、水戸くんのこと巻き込んじゃったかもって思ってる。他の人ならもっと可能性とかあったと思うから……」 「うん? 俺は、理空となら天下取れると思ってるよ。本気で。人気なんて、7日後に取れてればいい。いまの知名度は関係ないよ。それより」  水戸くんは一歩分こちらに詰めて、ひざこぞうをくっつけてきた。 「俺たちの仲が良いことが大事。このイベントは、視聴者の『萌え』を引き出すのが一番大事なことでしょ? 演技したら、バレるんだよ。だから、普通に仲良くなりたいし、理空がドキドキするようなこと、いっぱいしちゃう」 「ドキドキ……って?」 「キスとか」 「ぅ……!?」  いや、BLだし、当たり前だけど。  なんなら、セックスする人たちだっている。  セックス中は音声のみの配信に切り替えられるので、……まあ、声だけで性行為の演技をして、視聴者がガンガンポイントを入れていくというわけだ。  水戸くんは、そこまで考えているのだろうか?  いや、さすがに聞けない……。 「俺はね、将来、職人的な役者になりたいって思ってる。アイドル芸能人みたいなのじゃなくて、本当に実力があって、どんな役でも存在感を示せて、作品を良いものにできる役者になりたい。だから、このBL杯は、デビューのチャンスでもあるけど、いつもと違う環境で、役者としての心構えや技術の引き出しを増やしたいっていう思いもある」 「すごい、真剣なんだね」 「うん。ただ演技が上手くなりたいだけなら、一科で授業をこなせばいいだけだがら。でもそれじゃあ、誰かの人生は描けないでしょ」  水戸くんは、未来を賭けてここに来ている。  ならば僕も、真剣に応えなくちゃ。 「僕は、勇気がない自分を変えたくて来た。俳優になって人に何かを与えるとか、そんなことは全然考えるレベルにもなってなくて、すごい目標とか、こうなりたいとか、なんにもない。けど、水戸くんの力にはなりたいから…………もし、セックスとか、した方がよければ、するから」  顔が熱い。耳まで熱い。恥ずかしくてぎゅーっと目をつぶる。 「……理空、君ってやつは」  つぶやいた瞬間、掛け時計が鳴った。  壁面のディスプレイに、真っ赤な顔をした自分と、その頭をそっと撫でる水戸くんが映し出される。  視聴者から寄せられた、記念すべきひと言目のコメントは、こうだった。 [なにこれ、なんか尊いのがいる]

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