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Epilogue
水戸慶介は、感心していた。
盛大に授賞式をバックレた自分たちにも、きっちり参加賞が用意されていたからだ。
カタログを受け取り、家路に着く。
ほとんどの参加者は、役目を終えた擬似カップルの相手には見向きもせず、だらだらと歩いている。
慶介と理空は、夜の暗がりにまぎれて、小さく手を繋ぎながら駅へ向かっていた。
理空は、新幹線に乗るとすぐに、座席のひじ掛けに乗った慶介の手に指を添わせた。
照れたようにもじもじするのが可愛い。
列車が動き出し、遠くの夜景が流れ始めると、理空は、穏やかな表情で切り出した。
「水戸くん。僕、実はね、決めてたことがあって」
「なあに?」
「BL杯に勝っても負けても、そうしようって思ってたんだけど」
慶介は何も言わずに微笑み、続きを促す。
理空は、窓の外に視線を移しながら言った。
「転籍しようと思うんだ。マネージャー科に。それで、水戸くんがデビューしたら、僕が水戸くんのマネージャーになる。いつも一緒。どう?」
「理空はそれでいいの?」
「うん。俳優を目指すより自分らしいかなと思うし、興味があって。しかも水戸くんの支えになれるならいいなって思う」
「そっか。じゃあ俺も頑張ってデビューして、役者として活躍しないとな。理空を忙殺させるくらいになるよ」
慶介が笑うと、理空は頬を赤らめ、手を握り直した。
子供のようなやわらかい指が、つんつんとつついてくる。
同じようにつついてみると、理空はくすぐったそうに笑い、手を離した。
「そういえば、参加賞何にしようかな」
「理空はゲームじゃないの? 視聴者さんに、配信して欲しいって言われてたよね」
「うん、やってみようかなあ。水戸くんも、たまにゲストに来てくれる?」
「サブチャンネル作ってくれたら、カップル配信者として出るよ」
えっ!? と裏返った声を上げる理空を見て、くすくすと笑う。
理空は顔を真っ赤にしながら、床に話しかけるようにつぶやく。
「そ、そんなの作ったら、水戸くんの人気に影響が出ちゃうでしょっ」
「うーん? どうだろう。まあ、自分がこんなにお付き合いに浮かれるタイプだとは思わなかったから、意外ではある」
「な、なら、ともだちチャンネル、とか……?」
「キスはしないやつね」
「そう。友情のやつ」
慶介は、カタログのページをめくりながらつぶやいた。
「俺、別に欲しいものとかないんだよなあ。強いて言えば、理空とご飯食べに行きたいかも」
「えっ、ここに書いてあるの、フレンチとかばっかりだよ? 僕、食べ方分かんない」
「じゃあ、もうちょっと庶民的なやつ。ともだちチャンネル第1回の場所にしよう」
「なるほど! 待ってね、探すから」
理空が、意気揚々とページをめくる。
慶介はその横顔を眺めながら、この世界に神様がいるのかを考えた。
神様がいるから、天使のような理空が生まれたのだろうか。
神様がいるから、理空と出会うことができたのだろうか。
神様がいるから、理空は、新しい夢を見つけられたのだろうか?
「みとくん、みとくん」
可愛らしく呼ぶ理空のくるりとした瞳には、未来を描く、希望の光が宿っている。
「なあに?」
「焼き肉もあるって」
「はは。それいいね」
希望の光が、キラキラと乱反射して、慶介をとらえて離さない。
いつまでもいつまでも、離さない。
だから、水戸慶介は、森山理空を絶対に離さない。
That's all, The End.
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