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第5話
ポルノスターの夜は遅い。ピジョンミルクはすっからかんだ。
「疲れた顔色ねェ。休み入れる?」
「いえ……大丈夫です」
「今日はごめんなさいね、スポンサーの意向に逆らえなくて。突然の変更で戸惑ったでしょ、アタシも現場でいきなり言われて」
「わかってます」
「いい画が撮れたって喜んでたわよ監督」
運転席ではしゃぐマダム・リーをよそに、後部シートでバテたピジョンは遠い目をする。
家に帰り着く頃には夜10時を回っていた。例の不愉快な看板は相変わらず、向かいのビルの屋上を占めている。
「明日は朝イチでブロマイド撮影だから、キレイにして待ってて頂戴ね」
「わかりました。お疲れ様です」
家の前まで送ってくれたマネージャーに礼を述べ、肩を落として階段を上って行けば、途中で声が追って来る。
「リトル・ピジョン、あなたってやっぱ才能あるわよ」
「どうですかね」
「ないのは自信よ」
即座にやりこめられて言葉に詰まる。
「アナタをヘルウッド一のポルノスターに押し上げるのがアタシの夢。一緒にトップとりましょ?」
ハイヒールの靴音も高らかに、ミンクのコートを翻し颯爽と去っていくマダム・リー。
階段の半ばに立って見送り、ピジョンは独白。
「かなわないな」
正直自分に向いているとは思えない。今日の撮影だってさんざんだった。スポンサーの社長には大変ご満足してお帰りいただけたが、ピジョンときたらろくにセリフも読み通せなかった。マダム・リーは「そこが素人っぽくていいのよ、初々しくて」とフォローしてくれたものの、噛み噛みで演技もできないんじゃポルノスター失格だ。
かといって、他になにができるのか。
モッズコートのポケットから鍵を取り出すと同時、部屋のドアの前にしゃがみこんだ少年に驚く。
「スワロー?どうした、ずっと待ってたのか。電話してくれたらいいのに」
「スロットでスッた。泊めてくれ」
「全部か?」
「|全か一《オールオアナッシング》ならゼロ」
コイツ、まるで悪びれない。
「仕方ないな……」
朝にあんな大騒ぎやらかして、のうのうと顔を出せるのだから神経が図太い。
されど弟に甘いピジョンはうるさく言わず、あきれた調子で鍵を回す。
「リーさんに借りた分はちゃんと返せよ」
「俺もポルノスターになろっかな」
「は?」
「お前と組んで」
冗談だろ?
乾いた笑いで一蹴すれば、突然スワローが肩を掴み、振り返りざまピジョンの口を塞ぐ。
アパートの廊下にまんじりともせず突っ立ち、煙草くさい唇が離れていくのを呆然と見守るピジョンに対し、既に小さくはない弟が堂々と宣言する。
一番大事なものをひとりじめしたがる顔で。
「決めた。兄貴専属の竿役になるわ」
ポルノスターの明日は前途多難だ。
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