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第一章 壊れる日常

「チェックメイト」  坂城 翠(さかき みどり)は、大理石でできたチェスの駒を進めて微笑んだ。  白い肌に珊瑚の桃色を刷いた唇が、嬉しそうに花開く。 「僕の勝ちだよ。さあ、降参して」  細い首を傾げると、淡い栗色の髪が揺れる。  飴色の瞳が、いたずらっぽく見つめてくる。  このままこうやって、ずっとこの10歳年下の主人を見つめていたい。  そんな気持ちを押し殺し、能登 涼雅(のと りょうが)は頭を下げた。 「参りました。わたくしの、完敗です」 「やったぁ!」  こんな風に、二人がチェスに興じるようになったのは、いつからだろうか。  まだ学園の初等科に翠がいた頃から、涼雅は彼の相手を務めていた。  チェスばかりではない。  茶の湯に、乗馬。ゴルフに、花見。  翠のそばには、いつも涼雅がいた。  涼雅は彼の、お気に入りの使用人なのだ。  翠とは違い、涼雅は漆黒の髪と瞳を持っていた。  彫りの深い、ギリシャ彫刻のような目鼻立ち。  背は高く、鍛えられた肉体。  涼雅の第二性はアルファなので、このような外見や筋力、知力に恵まれている。  翠の第二性は、オメガだ。  彼は自分の恵まれた環境と、努力によって、優秀な人材として18歳の春を迎えていた。

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